連載小説 追憶の旅     「第4章  別れのとき」
                                 作:夢野 仲夫

「第4章  別れのとき」

    (本文) 「美紀のマンションで」

 別れの時96 通算1061
 「会うたびにミツコのイメージが壊れていくんだ。可憐であどけなかったミツコが遠くに行ってしまったような…。」
 「四十二歳でしょ、それは美津子さんを責められないと思うけど…。」美紀は美津子さえも庇(かば)った。
「それとは少し違う…。まったく、違う女性になってしまったような…。」
 「どんな女性に?」彼は下半身をゆっくり動かした。
 「ア 〜ン、感じるぅ…動かさないで、お話できなくなるぅ…。」

 別れの時97 通算1062
 「口に出したくない。変化ではないんだ。本質的に違った女性のようだった。口に出せばすべてが終わりになるような…。」
 「責めないで、美津子さんを。あなたと別れて寂しかったと思うの…。」
 「…。」
 「わたしだって、リョウ君と別れた後は…。」
 「美紀。」 「はい。」
 「寂しいことを言わないで…。いつまでも…美紀でいて欲しい。」
 「…。」

 別れの時98 通算1063
 「何年か後に出会ったとき、誰でも変わっている。しかし、違った女性にはなって欲しくない。美紀は美紀でいて欲しい。」
 「…リョウ君…別れが来ることは分かっている…でも、今は言わないで…。リョウ君との思い出だけを、わたしは求めていたんだから…。」美紀の瞳から大粒の涙が流れた。
 彼は美紀を貫きながら、彼女の涙を唇で拭った。
 「恵里も同じ。わたしと同じなの…。」

 別れの時99 通算1064
 「同じ年頃の人たちは遊んでいるのに、何も知らないで、夫だけの寂しい人生を送りたくないと思うの。」 「…。」
 「リョウ君、恵里とセックスしてもいいよ。わたし怒らない。絶対に怒らない。 でも、絶対にそのことをわたしに言わないで…。」 「…。」
 「わたしがどんなに問い詰めても、絶対に言わないで…。」 「…。」
 「リョウ君はバカ正直だから、それだけが不安なの。」

 別れの時100 通算1065
 「わたしと恵里がお互いにお婆ちゃんになったとき、お茶のみ話をするの。そのとき初めてお互いに打ち明けるの…。」  「…」
 「『初めての経験は、お互いにリョウ君だった』って…。」 「『今から考えると、バカな夢を見たねぇ。あんなおじさんと』って…。」 「…」
 「『それにセックスがヘタだった』って…。」涙を流しながらも、良の逃げ道を用意している美紀であった。
 良はゆっくりと腰を動かした。美紀は抑えた悦びの声を漏らした。


    (本文) 「恵理との小旅行」


 別れの時101 通算1066
 「リョウ君が本当に誘ってくれるとは、夢にも思いませんでした。」
 「わたしは約束を守るよ。ドライブしようって言ったからには…。でも、本当に一泊していいの?」
 「はい、わたしはかまいません。でも、リョウ君はいいのですか?奥さんは大丈夫?土日はご夫婦でゆったりしたいと思っていらっしゃらない?」
 「それは大丈夫。お互いに好き勝手に生きているから…。」良はここでも離婚していることを伝えなかった。

 別れの時102 通算1067
 「忘れてた。はい、リョウ君。」恵里は良に缶コーヒーを手渡した。甘いのが好きでない良には微糖コーヒーだった。
 「わたしも部長に合わせて、最近微糖にしました。」
 「どこへ行ったらいい?」
 「リョウ君とならどこでも嬉しいわ。…どこへ連れて行ってくれるの?」
 「気分次第…。」
 「ふふ、私生活では本当にアバウトね、リョウ君。」彼は特別に行き先も決めず、気が向くままに運転しようと思っていた。

 別れの時103 通算1068
 彼は背中を運転席でモゾモゾさえた。恵里は黙って背中に手を回した。部下である恵里は別れた妻以上に良を熟知していた。
 「ここでいい?」
 「もっと右。」
 「じゃ、ここは?」
 「ほんの少しだけ上。そこそこ。もっと力を入れて!」
 「うふ、相変わらずねぇ。」背中をモゾモゾさせるだけで恵里は良の気持ちを理解していた。
 「昼は食べてきたの?」
 「はい、少しだけ。リョウ君と二人だけになれると考えただけで胸が一杯で…。」
 「胸が一杯でも、お腹はペコペコじゃないの?」

 別れの時104 通算1069
 「デリカシーのないリョウ君だこと…。でも、ホントだったりして…。」
 「今日は早めに夕食をしよう。ホテルは予約してないので、どこでもいい?」ほんのり顔を赤らめた恵里は黙って頷(うなず)いた。
 「ラブホテルでも?」
 「リョウ君…」
 「何…?」
 「女にそんなこと聞かないで…。黙って連れて行くものじゃない…?」
 「答えに困った恵里を見ると楽しいから…。」
 「バカ、リョウ君のバカ。」甘えた恵里には少女のような可愛さがあった。

 別れの時105 通算1070
 恵里の手が良の膝に恐る恐る置かれた。良はその仕草が可愛くて、彼女の手の上に彼の手を重ねた。すると、恵里はそれを待っていたかのように、両手で包み込んだ。
 恵里の手のひらにはわずかな湿り気があった。軽い興奮状態にあることが覗えた。
 「恵里、夕食は何を食べたい?」
 「何でもいいの。二人っきりでドライブできるだけで幸せなの。」
 「俺には食べたいものがあるけど…。」
 「何を食べたいの?」
 「君を食べたい。」

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       第4章 別れのとき(BN)

 (0965〜) 親友花村部長と4人で「寿司屋 瀬戸」
 (0986〜) 恵理の葛藤
 (0996〜) レイクサイドホテル
 (1031〜) 美津子との距離
 (1046〜) 美紀のマンションで
 (1066〜) 恵理との小旅行
 (1083〜) 「日本料理 池田」
 (1094〜) 「恵理へのラブレター」
 (1111〜) 「恵理の初めての経験」
 (1176〜) 美津子の秘密「和風居酒屋 参萬両」
 (1196〜)  美紀への傾倒
 (1221〜)  最後のメール

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