連載小説 追憶の旅 「第1章  美津子との再会」

                                   作:夢野 仲夫

    恵理のお見合いの結末「焼き肉屋 赤のれん」

 美津子との再会161
  「部長、今日は焼き肉の予定になっています。」
  「なんだ、それ?誰が決めたのかね?」
  「私と恵理です。」
 「自分たちで勝手に決めるな!私には今日予定がある。」
 「ウソでしょ、部長?」
 「分かった?」
 「あぁ、良かった!」 恵理と美紀が退社時に玄関で待ちうけていた。
  「前から美味しい焼き肉をご馳走するとおっしゃっていたじゃないですか?強引に誘わなければ部長は約束を忘れるでしょう。」

 美津子との再会162
 ずっと以前、彼らに焼き肉をご馳走すると約束していたことを思い出した。
 「強引なくらいに仕事を勧めろ!」が部長の口癖ですから、実行させて頂きました。−恵理は快活だった。
  「君たちにはかなわん。」 あの日以降も恵理はずっと変わらず、同じように良に接していた。彼の方が調子抜けするほどだった。それに恵理の見合いの話の結論も聞いていなかった。

 美津子との再会163
  「部長、本当に美味しい?いつも絶品だとおっしゃっていますけど…」
  「味覚は十人十色だから、君たちの口に合うかどうかは分からない。しかし、私は美味しいと思うよ。まぁ、君たちの下品な口には合わないかもしれないがね。」
  「ひどっ!私たちが下品だって…会社の中で上品女性として二人は有名ですよ〜。知らないのは部長だけ。」−美紀は負けていない。

 美津子との再会164
  「焼き肉 赤のれん」は数人のカウンター席と七、八人用の畳みの席がある。普段は経営者とアルバイトの若い男性で回しており、忙しい時は奥さんも手伝った。
  経営者は「いらっしゃいませ。」と歓迎する笑顔を見せた。しかし、初めて連れてきた若い二人との関係を配慮したのだろう、それ以上は話しかけなかった。
 彼は商売の鉄則を守っている。愛想が悪いわけではない。お客のことを必要以上に詮索(せんさく)する店が増え、細かな気配りをする店がいかに少なくなったことか。店員の質そのものも下がったのだろう−最近良はそう思うことが多くなった。

 美津子との再会165
  「私がいつも食べているものでいいね?」二人は顔を見合わせて頷(うなず)いた。
  「部長がいつも何を食べているか知りたいで〜す。」
 「じゃあ、白肉の塩焼きから。」
  「安い肉だと臭うけど、ここの肉は一切臭わない。」
  「このお店の中はとてもキレイ。焼き肉屋は普通鉄板や壁が汚れているのに。」
 二人は「赤のれん」の店内をジロジロ見まわしては感心している。 経営者は嬉しそうに微笑みながら白肉を焼いている。

 美津子との再会166
  「いくら店内が汚れやすい業種であっても、店内を清潔に保つのは客商売の鉄則だ。店長の清潔好もあるけど、商売の原則を守っていると思う。」
  「私も清潔なお店で食べたい。不潔なお店とか中には臭うお店もあります。そんなときはがっかりします。」−恵理も美紀も口を揃(そろ)えた。
  「わぁ、貝柱みたい、美味しい!こんなの初めて!」 塩とコショウで焼いた白肉に二人は驚いている。

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  「ところで鈴木君、お見合いの話はどうなった?」
  「心配してくれていたのですか?あれから部長は何も聞いてくれないから、忘れられたのかと思っていました。」
  「大体、部長は冷たいからね。」−ビールをごくごく飲みながら、美紀は軽口をたたいた。
  「フフッ」と含み笑いの後、「アツ、ハツ、ハツ」と我慢できない様子で笑い転げた。
  「部長、その話は止めて下さい!ビールを吹き出します!」

 美津子との再会168
  座敷にいる数人のお客さんは自分たちの話題に夢中で、彼らは安心して話せた。
  「恵理、部長に説明して。アツ、ハツ、ハツ、部長も口に何も入れないように。口から鼻から飛び出し注意!」
 「どういうことだね?」
  「父が私の結婚を迫って困っていました。『あんな条件のいいところはない。こんな良い話は二度とない』と言って私を責めるんです。」
  「母は大人しい人で父に何も言えませんでした。」

 美津子との再会169
  「頑固な父に私も逆らえず、泣いてばかりでした。」
  「部長、ここから面白くなりますよ。クライマックスですよ。」
  「美紀!いい加減にして!」「ごめん、ごめん」
  大人しい母がとうとう切れました。
  「あなたは条件、条件というけど、恵理の幸せが一番じゃないの!条件が良いと私も周りから勧められてあなたと結婚したけど、ちっとも幸せじゃありません。むしろ、人生を棒に振ったようなものです。何の面白みもないあなたと送った私の人生を返して下さい。」

 美津子との再会170
 「大人しく何でも自分の思う通りになった母の言葉に、父は黙ってしまいました。それから私に結婚を押しつけなくなりました。」
  「恵理、その後の話もして。これは笑える!」
  「イヤよ!私恥ずかしいわ。」
 結婚の話だけでなく、彼女の父は考え込むようになり、逆に母の機嫌を取るようになったらしい。しかし、彼女の母はまったく無視で、力関係が一気に逆転したという。

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        第1章 美津子との再会(BN)
 (0001〜) 偶然の再会「イタリア料理まちかど」
 (0021〜) 別れの日
 (0034〜) 家族の留守の夜
 0047〜) 初めての衝撃的な出会い
 (0053〜) キスを拒む美津子
 (0070〜) 恵里と美紀との食事 フランス料理「ビストロ シノザキ」
 (0091〜) 一人で思いに耽る良「和風居酒屋 参萬両」
 (0101〜) 良に甘える恵理「おでん 志乃」
 (0123〜) 恵理・美紀と良の心の故郷「和風居酒屋 参萬両」
 (0131〜) 恵理と食事の帰り路「おでん 志乃」
 (0141〜) 再び美津子と出会う「寿司屋 瀬戸」
 (0161〜) 恵理のお見合いの結末「焼き肉屋 赤のれん」
 (0181〜) 美津子と二十年ぶりの食事「割烹旅館 水無川(みながわ)」
 (0195〜) 美津子に貰ったネクタイの波紋「焼き鳥屋 鳥好(とりこう)」
 (0206〜) 美紀のマンションで、恵理と二人きりの夜
 (0236〜) 恵理と美津子の鉢合わせ「寿司屋 瀬戸」
 (0261〜) 美津子からの電話
 (0280〜) 深い悩みを打ち明ける美津子「レストラン ドリームブリッジ」
 (0296〜) 飲めない酒を浴びるように飲む「和風居酒屋 参萬両」
 (0301〜) 美紀のマンションで目覚めた良

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