連載小説 追憶の旅 「第1章  美津子との再会」

                                   作:夢野 仲夫

 美津子との再会191
 「赤ちゃんができると恐いわ。」 痛みをこらえながら、美津子は何度も良に訴えた。お互いに初めての経験だった。たどたどしい交わりの中に、良は美津子への思いを強めた。
  「俺のミツコ、俺だけのミツコ…」
  「リョウ好き、大好き、リョウ、リョウ大好き…」 彼の部屋には破瓜(はか)の後がわずかに残った。

 美津子との再会192
  「あの日は私には忘れられない日。今でも思い出すと胸が痛くなるの。今の若い人の感覚とずいぶん違うわ。」
  「若い連中はセックスをスポーツくらいに思っているからねぇ。」
  「だから、すぐに別れるのでしょ。」
  「私はダメ、リョウのことをずっと引きずっている。今でも…」 美津子が顔を寄せた。
 良は両手で美津子の顔をそっとつかんだ。彼女はその手の上に自分の手を重ねた。

 美津子との再会193
  「そろそろ出ようか?店にも迷惑だし、君も帰らなければならない時間だろう?」
  「もう少し、ここに居させて…」−彼女は突然笑った。
  「わたし、リョウと別れるときいつも同じことを言っているみたい。」
  「リョウ、これ気に入るといいんだけど?」 彼女はデパートの袋から包みを取り出した。それはネクタイであった。

 美津子との再会194
  濃い緑に青系の直線と曲線が描かれたネクタイであった。美津子の和服とお揃いのようにも見えるネクタイであった。
  「これは君の和服とまるでお揃いのようだ。」
  「うふ、知らない!」 あなたに首ったけ、あなたの首を絞めるが、ネクタイのプレゼントの意味を美津子は知って送ったのだろうか、それとも知らずに送ったのだろうか?良には真意が不明であった。
 煮方を担当している料理人が挨拶に来た。彼は美津子の美しさに見とれているようであった。

 美津子に貰ったネクタイの波紋「焼き鳥屋 鳥好(とりこう)」

 美津子との再会195
  「部長、そのネクタイのセンスいいですねぇ。」
  「何だ、紺野君。君が褒(ほ)めるとロクなことはない。」
 「お見通しでしたか。ズバリ、大当たりです。今日はどこに連れて行ってくれますか?」
  「君には悩みがないのかね。泣くのは食べ物が無い時だけか?泣かすぞ、今度は。」 偶然それを耳にした若い社員が、
 「部長、無理ですよ。紺野さんを泣かせるには、この世から食べ物を一切なくさないと。」 通り抜けざま、憎まれ口をたたいて通り過ぎた。
  「待て!山田さん!許さない!恵理、山田さんを捕まえて!」

 美津子との再会196
 大笑いをしながら良は彼らと歩いた。恵理も美紀のいずれも社内で三美人の一人として上げる社員も多かった。特に美紀は天性の明るさを持ち合わせており、ナンバーワンの呼び声が高く、男子社員の中で想いを寄せる者は多かった。
 また、彼女はグルメでも有名であった。お金持ちのお嬢さんであろう、小さい時から味覚が発達していた。そのためあちらこちらから食事の声もかかった。お譲さんのそぶりもまったく見せず、しかも付き合いのいい彼女はほとんどそれを断らなかった。
 彼女が食べることで唯一、一目置いているのは良であった。

 美津子との再会197
  「焼き鳥は美味しいだろうなぁ。そう思わない、恵理?」
 「甘いタレの焼き鳥は美味しいだろうなぁ、塩で食べるのも美味しいだろうし…恵理はどちらが好き?」盛んに良を誘導する美紀。恵理はニヤニヤ笑っている。二人で焼き鳥と決めているらしい。
  「分かったよ、紺野君。焼き鳥に決めているんだな。」
  「決めてませんよ〜、でも、万一焼き鳥だったら嬉しいなと思っています。ねぇ、恵理。」二人は顔を見合わせてゲラゲラ笑った。

 美津子との再会198
  「ダブルのワル社員にかかると勝負にならない。」
  「でも、嬉しいでしょ、こんな美人二人と一緒で。両手に花でしょ。」
  「はい、とても嬉しいです。これでいいですか?」
 「何かバカにしていませんか、部長。」
  「してない、してない。錯覚、錯覚。」
 「そうか、錯覚かぁ、錯覚だって、恵理。」 二人の会話に恵理は声を立てて笑った。

 美津子との再会199
 「焼き鳥 地鶏屋(じどりや)」はほぼ満席だった。三代続く焼き鳥屋で、現在は四代目が中心に焼いている。安くて美味しいと評判の店なので、夕方になるとサラリーマンが押し寄せる店だった。
 店長は幼い時から旅行すると、必ず現地の焼き鳥屋に連れて行かれて、そこで焼き鳥をいろいろ食べさされたと聞く。いわば焼き鳥の英才教育を受けている。
 良はあまり鳥が好きではない。しかし、「地鶏屋」の焼き鳥は全く臭わないので食べることができた。
 ママは彼を見るとすぐに 「飲み物はいつものでいいですか?」と瓶ビールを持ってきた。

 美津子との再会200
  「匂いだけでも美味しそう。」
 「じゃ、君は匂いだけ。ママ、彼女には匂いを十本。」
  「わる〜ッ、部長こそワル中のワル!」 良は二人に食べたい物を適当に注文させた。
  「ちょっと失礼をして…」良は美津子にもらったネクタイを外した。汚れることを恐れたのだ。いつもしない行為に二人は気付いた。
  「部長、どうされました。いつもはネクタイを外さないのに。」美紀が早速からんだ。

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        第1章 美津子との再会(BN)
 (0001〜) 偶然の再会「イタリア料理まちかど」
 (0021〜) 別れの日
 (0034〜) 家族の留守の夜
 0047〜) 初めての衝撃的な出会い
 (0053〜) キスを拒む美津子
 (0070〜) 恵里と美紀との食事 フランス料理「ビストロ シノザキ」
 (0091〜) 一人で思いに耽る良「和風居酒屋 参萬両」
 (0101〜) 良に甘える恵理「おでん 志乃」
 (0123〜) 恵理・美紀と良の心の故郷「和風居酒屋 参萬両」
 (0131〜) 恵理と食事の帰り路「おでん 志乃」
 (0141〜) 再び美津子と出会う「寿司屋 瀬戸」
 (0161〜) 恵理のお見合いの結末「焼き肉屋 赤のれん」
 (0181〜) 美津子と二十年ぶりの食事「割烹旅館 水無川(みながわ)」
 (0195〜) 美津子に貰ったネクタイの波紋「焼き鳥屋 鳥好(とりこう)」
 (0206〜) 美紀のマンションで、恵理と二人きりの夜
 (0236〜) 恵理と美津子の鉢合わせ「寿司屋 瀬戸」
 (0261〜) 美津子からの電話
 (0280〜) 深い悩みを打ち明ける美津子「レストラン ドリームブリッジ」
 (0296〜) 飲めない酒を浴びるように飲む「和風居酒屋 参萬両」
 (0301〜) 美紀のマンションで目覚めた良

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