連載小説 追憶の旅 「第1章  美津子との再会」

                                   作:夢野 仲夫

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  「恵理はキスの経験あるの?もう二十五歳よ…。」
  「美紀、わたし、本当に好きな人じゃないとイヤ…」
  飲んだ勢いだろうか、良の存在を忘れたかのように二人は際(きわ)どい会話を重ねた。 彼は目を閉じて二人の話を聞いていた。
  「恵理は叶(かな)わぬ人を好きになったから…」 彼女はタブーを口にした。 すべてが明白な今でも、決して言ってはならない二人だけの秘密であった。

 美津子との再会212
  「恵理はバカ、ホントにおバカさん…。わたしだったら奥さんから強引に奪っちゃう。」
 美紀は自分の言葉に興奮したのかますます過激になった。
  「ダメよ、美紀。絶対ダメ!周りの人を不幸にするのは絶対ダメ!」 良は口を挟(はさ)めなかった。
  「じゃ、あなたはどうなるの?叶(かな)わぬ恋を諦(あきら)めるの?」
  「いいの、わたし…好きな人と毎日会えるだけで幸せなの…」恵理は名指しを避け続けた。
  「バッカじゃないの!小学生じゃあるまいし。私、そんなの絶対認められない!」

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  「わたし、恵理の話を聞いているとイライラする。好きなら好きと相手にハッキリ言えばいいのに!」
  わたし先にシャワーを浴びて来る。酔いが少し醒めたら恵理もシャワーを浴びて。今夜は何が起こるか分からないからね…」
  意味深長な言葉を残して美紀は部屋を出て行った。残された二人は黙っていた。何を言えばいいのか良は戸惑うばかりだった。
 意味深長な言葉に、恵理も戸惑いを隠せないようだった。

 美津子との再会214
  「部長、ごめんなさい。私が飲み過ぎたのがいけなかったの。」
  ふっと良の脳裏に弥勒菩薩(みろくぼさつ)が浮かんだ。
  「恵理、少し酔いは醒めた?シャワーを浴びなさい。」 わが子を諭(さと)す優しさがあった。 良はシャワーを浴びて部屋に入ってきたパジャマ姿の美紀に見とれた。
 単に食い意地が張っていて色気のカケラもないと感じていたが、仄(ほの)かな色気があった。

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  「ジロジロ見ないで下さい、部長。スケベオヤジみたいに…」熱い視線を感じた美紀。
  「スケベオヤジはないだろう。…あまりにも紺野君がキレイで色っぽいから驚いている…」
  「部長、褒(ほ)めたって…何も…出ないです…」 威勢のいい美紀の最後は語尾が消え入りそうであった。どこかで出会ったことのある女性だ−良は記憶をたぐり寄せようとした。
  「美紀は会社でも一番キレイだもの…」
  「何言ってるの、恵理、早くシャワーを浴びなさい。」

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 ときどき泊るのだろう、恵理も自分のパジャマに着かえていた。 二十五歳には見えない幼い絵柄であった。仕事をテキパキこなす彼女と、パジャマ姿の幼い感性が繋(つな)がらなかった。
 「わたし、色気ないから…」−良の言葉が気になったのであろうか?
 物事をはっきりさせ、歯に衣着せぬ美紀の意外な色気とは対照的であった。美紀がしっかりした姉でやや頼りない恵理が妹に思えた。
 仲のいい二人の関係を垣間(かいま)見た夜であった。

 美津子との再会217
  「恵理、部長は少し汗臭くない?」 慌てた良は自分でクンクン臭った。
  「本人には分からないです、ねぇ、恵理。」
  「臭わないと思うけど…」
  「酔っているから分からないのよ、さぁ、部長、シャワーを浴びて下さい。」  美紀に言われるままに彼は浴室に向かった。
  「パジャマをここに置いておきます。」 浴室の外で美紀の声がした。

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 浴室から出ると少し地味なパジャマが置かれていた。彼の衣服は一切なかった。仕方なく用意されたパジャマを着た。
  「父が出張で来た時のために準備しているパジャマだから、部長には少し地味かもしれません。でも、今夜はこれで我慢して下さい。」
  「…部長ステキです。会社にいるときとまったく違う魅力があります。…」
  「恵理は部長のことなら何でもステキ…イヤになっちゃう、まったく…」
  「恵理、もう寝なさい。疲れたでしょ。いつもの部屋で寝て。部長もその部屋で一緒に。」

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  「エッ、私はこの部屋を使わせてもらうから…。」
  「この部屋は明日の準備に使うので困ります。恵理と同じ部屋を使って下さい。」 有無を言わせぬ美紀だった。
  「さぁ、行って、行って!」恵理と良を促(うなが)した。 「中から鍵を掛けておいてね、恵理。そうしないと、わたしが部長を襲うわよ。」 美紀は強引だった。彼女の勢いに気おされて、恵理は言われるままにした。

 美津子との再会220
 二人きりの広い寝室に得も言われる微妙な空気が漂(ただよ)った。
  「鈴木君、君は疲れているからベッドで横になりなさい。」 どうしていいか困惑している恵理をベッドに横にさせた。
  良は傍(かたわ)らにある机に向かった。美紀の両親が仕事のために置いているのだろう。机の上には一冊の写真集が置かれていた。それは京都の仏閣の写真集であった。
 何気なく開くと法隆寺の弥勒菩薩(みろくぼさつ)の写真があった。彼は食い入るようにそれを見つめた。

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        第1章 美津子との再会(BN)
 (0001〜) 偶然の再会「イタリア料理まちかど」
 (0021〜) 別れの日
 (0034〜) 家族の留守の夜
 0047〜) 初めての衝撃的な出会い
 (0053〜) キスを拒む美津子
 (0070〜) 恵里と美紀との食事 フランス料理「ビストロ シノザキ」
 (0091〜) 一人で思いに耽る良「和風居酒屋 参萬両」
 (0101〜) 良に甘える恵理「おでん 志乃」
 (0123〜) 恵理・美紀と良の心の故郷「和風居酒屋 参萬両」
 (0131〜) 恵理と食事の帰り路「おでん 志乃」
 (0141〜) 再び美津子と出会う「寿司屋 瀬戸」
 (0161〜) 恵理のお見合いの結末「焼き肉屋 赤のれん」
 (0181〜) 美津子と二十年ぶりの食事「割烹旅館 水無川(みながわ)」
 (0195〜) 美津子に貰ったネクタイの波紋「焼き鳥屋 鳥好(とりこう)」
 (0206〜) 美紀のマンションで、恵理と二人きりの夜
 (0236〜) 恵理と美津子の鉢合わせ「寿司屋 瀬戸」
 (0261〜) 美津子からの電話
 (0280〜) 深い悩みを打ち明ける美津子「レストラン ドリームブリッジ」
 (0296〜) 飲めない酒を浴びるように飲む「和風居酒屋 参萬両」
 (0301〜) 美紀のマンションで目覚めた良

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