連載小説 追憶の旅  「第2章  千晴との出会い」
                                 作:夢野 仲夫

      夜の初デート「和風居酒屋 参萬両」
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 その日以来、彼女は連日のように「広松食堂」で昼食をとった。良は仕事に忙殺(ぼうさつ)されていて、日曜日も仕事が入っていた。
 そのために「広松食堂」でつかの間のランチデートが精一杯だった。彼の忙しさを知っている千晴は「身体に無理をしないでね。」と逆に励ましてくれた。
 時には「母が作ったものだけど。」と夕食の差し入れを持ってきてくれた。
 嬉しく思うと反面、家族まで巻き込まれて、最終的にはがんじがらめに縛(しば)られるのではないかとの不安も感じていた。

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 土曜日にやっと仕事が片付いた。その夜千晴を誘った。
  「どこへ行く?」
 「リョウ君のいくところならどこでもいい。」 美津子のときと同じであった。
  「居酒屋でいい?」 「うん。」 彼女は早速腕を組んできた。
 「あら、リョウ君いらっしゃい。」「参萬両」の威勢のいいママの声が迎えた。
 しかし、連れの千晴に気づくとややトーンを落とした。
  「カウンターへどうぞ。」−ママは薄いブルーのワンピースを着た千晴の美しさに目を見張った。彼女の美しさは「参萬両」でも一際(ひときわ)浮いていた。

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  「ママ、何か美味しいものを食べさせて。」
 「今日はリョウ君の好きな物がいっぱいあるからママに任せて。お嬢さんは何になさいます?」
  「リョウ君と同じものをお願いします。」 五十過ぎのママは二人の接し方ですべてお見通しのようだった。
  「はい、リョウ君。アジの南蛮漬け。お口に合いますかどうか分かりませんが、お嬢さんもどうぞ。」
 「美味しいッ!リョウ君がこのお店に来るのがわかるぅ。」 ママは相好を崩(くず)した。

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 「ママさん、もう一匹頂けますか?」
 「嬉しいねぇ、どんどん食べて下さいね。」  気取らない千晴を気に入ったようだった。
  「リョウ君も隅に置けないねぇ、こんな別嬪(べっぴん)さんと親しいなんて!」
  「紹介しておくよ、彼女は佐藤千晴さん。」
  「佐藤千晴と申します。よろしくお願いします。」  躾(しつけ)がしっかりしているのだろう、彼女はさっと立ち上がって挨拶した。

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  「ご丁寧に。わたしはこの店のママです。ガラッパチなので失礼があったら許して下さいね。」
  「ママさんには学生時代からお世話になっているんだ。俺のお袋の代わりみたいに思っている。」
  「お袋じゃなくて恋人と言ってよ、リョウ君。」 マスターもゲラゲラ笑っている。
  「リョウ君のこといろいろ教えて下さいね。ママさんはすべてご存知でしょう。」
  「知っていることなら何でも。」
  「ママ!ダメだよ、ヤバイことは。」
  「リョウ君にヤバイことあったっけ?」 三十年を越す水商売経験はダテではなかった。

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 数人の若いサラリーマンらしい男女が入ってきた。この店では見慣れない顔だった。その中にいかにも胸が大きい女性がいた。良はその胸にくぎ付けになった。その後、千晴の胸に目をやった。
 「イタッ!」千晴が彼の手の甲をつねった。
 「必死に何を見てるの、リョウ君。」 「何も?」「ウソでしょ、わたし、分かっているのよ。リョウ君のエッチ。リョウ君のスケベー、変態。」
 「だって気になるじゃん、男だもん。」−ママは笑っている。

 千晴との出会い122 通算437
  「リョウ君とこうやって飲むのは初めて。わたし、あまり飲めないけど今日は酔っちゃおうかな?」
 「酔うのはいいけど、俺、酔っ払いは嫌いだからね。」
 「いいの。酔ったら介抱(かいほう)してくれる?」
 「ここの店の前に捨てて帰る。」 「ひどッ、リョウ君は冷たいのね。」
 「俺は界隈(かいわい)でも冷たい男で有名なんだ、ドライアイス良とも呼ばれている。知らなかった?」−取るに足らない会話でも二人にとっては幸せな時間だった。

 千晴との出会い123 通算438
  独り身の良の食生活を心配して、ママは野菜類を出してくれた。良にとって「参萬両」は実家に帰ったような、心が休まる店でもあった。
  良を見る千晴の恋する目にママは気づいていた。美津子との別れ、その後の良の心の荒廃(こうはい)もママは知っていた。
  「そろそろ千晴さんを送ってあげなさい、リョウ君。」  いつもは何も言わないママは何かを心配していた。

          良のアパートで…
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 「そうだね、ママ。俺、送っていくよ。」 ママの言葉に二人は従った。 支払いを済ませて店を出ると、
 「今日は、わたし帰らない。友達の家に泊まると言って出かけたの。」  千晴はつないだ手に力を込めた。
  「リョウ君のアパートに泊めて。お願い、リョウ君。お願い!」 良が何を言っても引かない千晴の決意を感じた。良は了承せざるを得なかった。
  「俺のアパートは汚いよ、それでもいいの?」
 「私がキレイにするもん。」

 千晴との出会い125 通算440
  「早く行こ、リョウ君。早く見たいわ、リョウ君のアパート。」  千晴は幼稚園児が遠足でも行くかのようなワクワクした気分に浸っていた。
 飲んだアルコールの影響もあったのだろうか?
  就職して彼はアパートを引越ししていた。家族で住むには狭かったが、独身の彼には十分過ぎる広さだった。しかも建物は新しい綺麗なアパートだった。
  「な 〜んだ、建物も部屋の中もキレイじゃない。」 千晴はがっかりした様子だった。
  「折角、わたしが片付けようと張り切っていたのにぃ。」

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          第2章 千晴との出会い(BN)
 (0316〜) 華やかなキャピー(佐藤千晴)との出会い「広松食堂」
 (0320〜) 千晴との初めてのデート
 (0329〜) 美しいゆえにに悩むキャピー
 (0351〜) 2回目のデート「蕎麦処 高野」
 (0371〜) 海が見える高台で…
 (0383〜) 手打ちうどんに喜ぶキャピー「手打ちうどん 玉の家」
 (0396〜) 過去に縛られる良への怒り
 (0410〜) ラブホテルでの絆
 (0431〜) 夜の初デート「和風居酒屋 参萬両」
 (0439〜) 良のアパートで…。
 (0471〜) 恵理・美紀と「手打ち蕎麦処 遠山」 
 (0481〜) 美紀のマンションで長い夢
 (0531〜) キャピーと初めての1泊旅行
 (0545〜) 2人で入った寿司屋に美津子が…「寿司 徳岡」
 (0556〜) 美紀と得意先に営業
 (0582〜) キャピーとの別れの真相
 (0611〜) 美紀が恵理に宣戦布告「イタリア料理 ローマ」


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