連載小説 追憶の旅  「第2章  千晴との出会い」
                                 作:夢野 仲夫

            美紀のマンションで長い夢
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 母親が旅行に行ったので、父の面倒を見なければならない恵理はすぐに帰った。残された二人は目的もなく歩いた。
  「部長と二人きりはあの時以来ですね。」
  「あの時は迷惑をかけたねぇ。」
  「いいんです。でも、二人っきりは何か調子が狂います。」 あの威勢のいい美紀がなぜかしおらしく感じられた。
  「部長、さっきウソをつきませんでしたか?」−美紀はさすがに勘の良い子だった。「…」

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  「私には分かりました。恵理がいるから言わなかっただけです。付き合っていたのでしょ。」  「…」
  「好きだったのですか?」 「…」
 「何か言って下さい。部長。」 いつしか美紀のマンションの前まで来ていた。
  「思い出したくない過去なんだ。君と話している度にどこかであった記憶といつも感じていた。」
  さりげなく美紀はマンションに良を向かい入れていた。

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 それはまったく自然で、良自身も彼女のマンションに入っているという自覚さえなかった。
 さらに美紀はさりげなくビールと付きだしをテーブルに置き、二つのグラスにビールを注いだ。
  「本当は好きだったのでしょ。 美紀はダメを押した。「…」
 彼は黙ってビールを飲んだ。
 「どこが私に似ていたのですか?」
  「…思い出したくない想い出なんだ…聞かないで欲しい…。」
  「なぜなの?わたし知りたい。部長の昔のこと…わたしに似ていた人のこと…。」
 「…。」

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 「…どんな苦しいことでも話すと気持ちが楽になると聞いています。私で良かったら…。」
  「…俺は千晴を俺は傷つけてしまった…。俺をひたむきに愛してくれた人を…。」 良の瞳はすでに潤(うる)んでいた。美紀の口調は柔らかくなった。
  「千晴さんというのね?どんな人?」
  「…君のように気配りができて…一途でひたむきな子だった。…その上、自分を犠牲にしてまで常に俺を気遣(きづか)ってくれる子だった…」

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  「それで…」 「明るく活発で…君そのものだった。」
 「キレイな人だったの?」
 「君と同じようにスタイルも良くて…みんなが振り返るほどキレイだった…」
  「そのようなステキな女性となぜ別れたの?」
 「…俺のわがまま…。一番の原因は…俺が…俺が、美津子を忘れられなかった…。」
 「当時の俺は美津子の幻影(げんえい)を追っていた。千晴を好きで堪(たま)らなかったが、彼女にすべてをかけられなかった。それに…」

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  「それに?」
 「彼女は嫉妬(しっと)が強くて、俺の自由を…。それも俺のわがままだけど…。」
 「自由に生きるのが部長の生きざまだから?」
  「いや、すべて俺のせいだ…。千晴は…千晴は何も悪くない。俺をひたむきに愛してくれていたから…」
  「誰だって好きな人を独占したい。男もそれは同じでしょ。」
 「それは分かっている。俺がすべて悪いんだ。しかし、…」 「しかし?」
 「俺にはそれを受け止めるだけの器量がなかった…今もないけど…。」

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  しばらくの間、二人を沈黙が支配した。
  「…好き勝手に生きたがるわがままな男…女心が分からない鈍感な男…」
  「その通りだ…何を言われても反論できない。」
 「それに…過去に縛(しば)られる情けないない男…人の前では強がるけど、心を許した人の前ではすぐに泣く弱虫…」
 「…相手の気持ちが分かっていても知らない素振りをするイケズ…どんなに好きでも不倫の一つもできない意気地なし…。」

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  「そう、君の指摘通りのダメな男だ…俺なんて…」  注がれたビールを一気に飲み干して、さらに自らコップに注いだ。
  「そんな人…そんな人…わたし…わたし…」
 「嫌いなんだろう?言われなくても分かっている…。」
 「そう、大嫌い!ダ〜イキライ!」
  「話さなければ良かった。俺がバカだった。迷惑を掛けたね。ご馳走さま、俺、帰る。お休み。」 彼は立ちあがりドアに向かった。

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  「ひきょう者!女に告白させて黙って帰る、このひきょう者!」「えっ?」
 「だって、たったいま、大嫌いと言ったじゃないか。」
 「女心が分からない、このトーヘンボク!」
  「恵理に負けないほど…わたしだって…。」 美紀はむせび泣き始めた。
 ドアの前で茫然(ぼうぜん)と立ち尽くす良の背中に抱きついた。
  「わたしは恵理とは違うわ、千晴さんとも違うわ、喧嘩ばかりするパパとママを見て育ったの。だから…子どものときから自分を抑えることを学んだの…。」

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 彼女のむせび泣きは収まらなかった。
  「…わたしはいつでも、決して自分の気持ちを出さないようにしているの…。」
  太陽のように明るく賢明で、しかも金持ちで何の悩みもないと思っていた美紀にも、心の奥に深い闇(やみ)を持っていたのだ。
 美紀の普段の明るさはそれを覆(おお)い隠す気持ちも入っていたのだった。
 生きるということは悩むということなのか?
  「部長、帰らないで、お願い。…今夜はわたしを一人にしないで…。」


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          第2章 千晴との出会い(BN)
 (0316〜) 華やかなキャピー(佐藤千晴)との出会い「広松食堂」
 (0320〜) 千晴との初めてのデート
 (0329〜) 美しいゆえにに悩むキャピー
 (0351〜) 2回目のデート「蕎麦処 高野」
 (0371〜) 海が見える高台で…
 (0383〜) 手打ちうどんに喜ぶキャピー「手打ちうどん 玉の家」
 (0396〜) 過去に縛られる良への怒り
 (0410〜) ラブホテルでの絆
 (0431〜) 夜の初デート「和風居酒屋 参萬両」
 (0439〜) 良のアパートで…。
 (0471〜) 恵理・美紀と「手打ち蕎麦処 遠山」 
 (0481〜) 美紀のマンションで長い夢
 (0531〜) キャピーと初めての1泊旅行
 (0545〜) 2人で入った寿司屋に美津子が…「寿司 徳岡」
 (0556〜) 美紀と得意先に営業
 (0582〜) キャピーとの別れの真相
 (0611〜) 美紀が恵理に宣戦布告「イタリア料理 ローマ」


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