連載小説 追憶の旅  「第2章  千晴との出会い」
                                 作:夢野 仲夫

 千晴との出会い226 通算541
 「キャピー、俺は疲れたら何を食べたいか知っている?」
 「酸っぱい物でしょ。リョウ君のことはリョウ君以上に知っているわ。」
 「酢の入った物、つまりお寿司が食べたいのね。実はわたしも食べたかったの 。」彼に合わせているのかもしれなかった。
 彼女は女性以外はすべて寛容だった。
 「安サラリーマンだけど思い切ってご馳走しよう。」
 「ホント、お腹いっぱいたべるぅ 〜」 「それは勘弁!」

 千晴との出会い227 通算542  
 海の近くの町だった。車を止めて彼らは見知らぬ町を歩いた。茶系統のワンピース姿の千晴の美しさは人目をひいて、まるで芸能人を見るように振り返った。
 「俺、イヤだよ。キャピーと歩くの。」 「どうして?」
 「あんなさえない兄ちゃんと、まるで不釣合(ふつりあ)いの美人が手をつないでいると思われているようで…。俺は離れて歩くよ。」 彼は手をふりほどいた。
 「うふ、相変わらずひがみっぽいリョウ君だこと。」

 千晴との出会い228 通算543  
 今度は絶対に放すまいと腕を組んだ。
 「これなら逃げられないでしょ。」  彼は表通りを避けて入り組んだ裏通りに入った。
 「キャピー 」「何?」 振り向きざま彼は軽くキスをした。
 「バカ!恥ずかしいじゃないの。」 甘えた声だった。
 「寿司 徳岡」小さな暖簾(のれん)がかかっていた。店の造りに豪華さはないが、長い伝統を感じさせるお店であった。
 「高そうね。どうする?」 「給料をもらったばかりだからいいよ。」

 千晴との出会い229 通算544  
 彼らはカウンターの横の小さなテーブル席についた。会席料理を注文し、選択できる寿司は「蒸し寿司」という聞きなれないものにした。明るい上品な女将さんが細かく説明してくれた。
 江戸時代から続いている寿司屋で、現在は六代目らしいことも分かった。
 カウンターには彼らと同じ年恰好の、見るからに上品な女性がたった一人いた。
 二人の板前が彼女に気を遣(つか)っているのが感じられた。

   2人で入った寿司屋に美津子が…「寿司 徳岡」
 千晴との出会い230 通算545
 「リョウ君、わたしたちいいお店に入ったようね。」
 リョウ君という名前に反応したのか、若い女性が振り返った。
 「アッ!」 二人は同時に声を上げた。紛れも無くそれは美津子であった。
 二人の間だけに通じる何かが流れた。幻影(げんえい)ではなく彼が追い求めて止まなかった美津子がいる。
 千晴のいることも忘れ、良は立ち上がって美津子の傍(そば)によった。
 「リョウ、本当に久しぶり。元気だったの。会いたかったわ。」  「ミツコも…。」

 千晴との出会い231 通算546
 しばらくの間、二人は黙って見つめ合っていた。透き通るような白いうなじが良の目の前にあった。何度も重ねたかわいい唇も…。
 美津子の上品な立ち振る舞いは昔のままに思われた。 美津子はチラッと千晴を見た。千晴はずっと彼女を見つめていた。
 良は二人の女の激しい火花を感じた。美津子も千晴も、彼に見せたことのない激しい情念を燃やしているようであった。
 そして、互いに互いを値踏(ねぶ)みしているようでもあった。

 千晴との出会い232 通算547
 「リョウ、キレイな人ね。」 美津子は千晴に軽い会釈(えしゃく)をした。つられて千晴も頭を下げた。
 「わたし、このお店にときどき来るの。お父様に連れられてからずっと。まさかこんなところでリョウに会えるなんて…。」
 「わたし、もう終わったので帰るところだったの。リョウに会えてとっても嬉しかったわ。二度と会えない人と思っていたのに…。」 良は黙っていた。ただ、うなずくばかりだった。
 「リョウ、とてもキレイな人ね。」 それだけを残して去った。

 千晴との出会い233 通算548  
 残された二人の間に沈黙が続いた。何をどう言えばいいのか分からなかった。心の中で取り乱している千晴。千晴だけでなく彼はそれ以上に取り乱していた。
 二人の間の異様な雰囲気に明るい女将でさえ声を掛けられないようであった。
 何代も続く寿司屋のいいネタを使った会席料理も「蒸し寿司」の上品な味も、二人は味わう余裕を失っていた。
 彼らは支払いを済ませると早々と店を出た。

 千晴との出会い234 通算549  
 楽しいはずであった二人の初めての小さな旅行が修羅場(しゅらば)になってしまった。
気を取り直した良が何を話しかけても千晴は無言であった。 いつもは機嫌を直す千晴であったが、取り付く島もなかった。普段なら「イヤッ!」と答える彼女が無言を貫いた。
 車に乗っても状況は同じであった。彼もその頃には千晴に対して、逆に憤(いきどお)りを感じていた。
 「俺が一体彼女に何をしたというのか!偶然に美津子に出会っただけなのに…。」

 千晴との出会い235 通算550  
 良は目に入ったラブホテルに入った。彼女は黙って付いて入ったが、その態度は変わらなかった。良が唇を合わせようとすると強く拒絶した。
 拒絶の言葉さえないことが、かつてないほどの強い意志を感じさせた。
 彼女が何に怒っているのか良には理解できなかった。
 彼女自身も分からないかもしれない。 得体のしれない怒りが渦巻いているのかもしれなかった。

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          第2章 千晴との出会い(BN)
 (0316〜) 華やかなキャピー(佐藤千晴)との出会い「広松食堂」
 (0320〜) 千晴との初めてのデート
 (0329〜) 美しいゆえにに悩むキャピー
 (0351〜) 2回目のデート「蕎麦処 高野」
 (0371〜) 海が見える高台で…
 (0383〜) 手打ちうどんに喜ぶキャピー「手打ちうどん 玉の家」
 (0396〜) 過去に縛られる良への怒り
 (0410〜) ラブホテルでの絆
 (0431〜) 夜の初デート「和風居酒屋 参萬両」
 (0439〜) 良のアパートで…。
 (0471〜) 恵理・美紀と「手打ち蕎麦処 遠山」 
 (0481〜) 美紀のマンションで長い夢
 (0531〜) キャピーと初めての1泊旅行
 (0545〜) 2人で入った寿司屋に美津子が…「寿司 徳岡」
 (0556〜) 美紀と得意先に営業
 (0582〜) キャピーとの別れの真相
 (0611〜) 美紀が恵理に宣戦布告「イタリア料理 ローマ」

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