連載小説 追憶の旅  「第2章  千晴との出会い」
                                 作:夢野 仲夫

 千晴との出会い266 通算581
 「俺は何をしているんだろう?」 良は自分自身の行為に疑問を感じていた。何の決断もなく、流れに任せているだけの自分自身に半ば嫌気がさしていた。
 一方では美紀の魅惑に引きずり込まれそうな自分も感じていた。
 「リョウ君…。」 耳元で囁(ささや)く美紀の言葉は天使の声にも聞こえ、自分を失わせようとする悪魔の囁(ささや)きにも聞こえた。
 「美紀、俺をダメにしないでくれ…。俺は君の、…君の…。」

       キャピーとの別れの真相
 千晴との出会い267 通算582
 「わたしの?」
 「虜(とりこ)になりそうだ…。俺は同じ間違いを…犯しそうになる…。」
 「同じ間違いって?千晴さんのこと?リョウ君、一体何があったの?教えて…。」  彼は千晴との消してしまいたい過去を話したくなかった。
 何も知らない彼女に、性の悦(よろこ)びまで教えて別れた良の非人間的な過去を…。
 彼を愛(いと)おしそうに見つめる千晴の顔がふと浮かんだ。微笑むと小さな笑窪(えくぼ)が彼女の可愛さを一層増した千晴。
 彼はポツリポツリ話し始めた。

 千晴との出会い268 通算583  
 美津子と千晴が鉢合(はちあ)わせたことまで切れ切れに話した。その後二人はしばらく会わなかった。彼は「広松食堂」に行くのを避けていたのだ。
 二、三週間経った頃だろうか、彼が夕食を終えて帰ると、彼のアパートの前に千晴がいた。彼のアパートには住人以外は入れないシステムになっていた。
 「どうしてここに?」
 「リョウ君の帰りを待っていたの?」 彼女の声には天真爛漫(てんしんらんまん)な明るさが消えていた。

 千晴との出会い269 通算584  
 思いつめたような表情で何かを訴えているようだった。
 「リョウ君は、もうわたしと会ってはくれないの?」 「…。」
 「広松食堂に全然来ないから…。わたしのこと嫌いになったの?」 「…。」
 「わたしのイヤな面を見たから嫌いになったの…。」 「…。」
 「何か言ってリョウ君…。」
 「…俺たちはもう別れた方がいい…。このまま付き合っても…君を傷つけるだけだ。」
 「…イヤ!イヤ!絶対イヤ!わたし、わたし、リョウ君がいない人生なんて…」

 千晴との出会い270 通算585
 「わたしのこと…わたしのこと…嫌いになったの?リョウ君ホントのこと教えて!」
 「キャピー、嫌いなんかじゃない。でも、ミツコの幻影から逃れられないんだ。一生懸命忘れようとしているんだ。君と出会って…すさんだ気持ちが和(らい)でいた。それなのに…ミツコが俺の前に現れたんだ…。」
 「部屋の中に入れて、お願い!リョウ君。」 「ダメだ!」
 「入れてくれなければ、わたし絶対に帰らない。」 千晴は決して引かなかった。

 千晴との出会い271 通算586
 「ああ、良い匂い…。リョウ君の匂いがする。」 部屋に入ると、うっとりした表情を見せた。それは彼が実家に帰ったときに感じるものと通じるのだろうか?
 「この匂いを嗅ぐと気持ちが落ち着くの…。わたしの身体に染み込ませたい…。」
 「リョウ君のことを思うとずっと眠れなかった。美津子さんに会っているかもしれない…。そんなありもしない妄想が頭をもたげるの…。わたしにはリョウ君しかいない。リョウ君には美津子さんがいるけど…。」

 千晴との出会い272 通算587
 千晴は大きな瞳に涙をためていた。
 「美津子さんは上品で綺麗で、しかも色気もあって…わたしなんて到底及ばない…。」
 「会わなければ良かった。会わなければ想像の世界の美津子さんで済んでいたのに、あんな綺麗な人を目の前にすると激しい嫉妬が…抑えられないほどの嫉妬が…。」
 「抑えよう、抑えようと思っても…抑えられないの…。」 ポタポタと大粒の涙を流した。

 千晴との出会い273 通算588
 「美津子さんを愛しているリョウ君を好きになったわたしは…どうすればいいの?」  「キャピー、泣かないで。俺が悪いんだ。すべて俺が悪いんだ。最初から君と付き合わなければ良かったんだ。」
 「そんなこと言わないで!リョウ君、そんなこと…。」
 「リョウ君、わたしのこと嫌いになったの?」 何度も何度も確認する千晴。
 「俺が美津子の愛の奴隷になっているように、キャピーが俺の愛の奴隷になっているのではないか?」−良は愕然(がくぜん)とした。

 千晴との出会い274 通算589
 「リョウ君は…わたしが…欲しくなくなったのね…。」 良には答えられなかった。黙って彼女を抱きしめた。
 「リョウ君好き!わたし、美津子さんに焼きもちを焼かないように頑張る…だから、お願い!別れるなんて言わないで!」 良を一途に愛するから出る言葉なのだろう。
 「愛するがゆえに嫉妬(しっと)を抑える」−矛盾した二つをどう両立させられるのであろうか?

 千晴との出会い275 通算590  
 ここまで話したとき美紀も涙を流していた。
 「わたしだって焼きもちを焼くわ。美津子さんにだって強い嫉妬を感じたわ。それに恵里にも…。でも、自分でコントロールするの。だってどうにもならないことでしょう。」
  「その後、どうなったの?」
 「君が想像している通りの展開だよ。」
 「千晴さんを抱いたのね。」 「…。」
 「わたしが千晴さんでもそのままでは納得しないわ。何か確かな物が欲しいと思うの。」

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          第2章 千晴との出会い(BN)
 (0316〜) 華やかなキャピー(佐藤千晴)との出会い「広松食堂」
 (0320〜) 千晴との初めてのデート
 (0329〜) 美しいゆえにに悩むキャピー
 (0351〜) 2回目のデート「蕎麦処 高野」
 (0371〜) 海が見える高台で…
 (0383〜) 手打ちうどんに喜ぶキャピー「手打ちうどん 玉の家」
 (0396〜) 過去に縛られる良への怒り
 (0410〜) ラブホテルでの絆
 (0431〜) 夜の初デート「和風居酒屋 参萬両」
 (0439〜) 良のアパートで…。
 (0471〜) 恵理・美紀と「手打ち蕎麦処 遠山」 
 (0481〜) 美紀のマンションで長い夢
 (0531〜) キャピーと初めての1泊旅行
 (0545〜) 2人で入った寿司屋に美津子が…「寿司 徳岡」
 (0556〜) 美紀と得意先に営業
 (0582〜) キャピーとの別れの真相
 (0611〜) 美紀が恵理に宣戦布告「イタリア料理 ローマ」

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