連載小説 追憶の旅 「第1章  美津子との再会」

                                   作:夢野 仲夫

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  彼には返す言葉がなかった。周りから見える良はその通りだったかもしれない。実際、彼の周りで同じような生活をしていた者のほとんどは大学を中退した。大学に通って勉強するより、昼は遊びほうけて、夜はバーで働いた方が、はるかに楽しいからだった。
 バーは酒と女が付き物で、実際良にも言い寄るホステスは多かった。良は一流と言えないまでも、一定レベルの大学に通っていた。良の何かを求めるひたむきさと、大学生というブランドがホステスには魅力だったのだろうか。?

 美津子との再会62
  「だから、リョウのことは由美にはあまり話さないようにしていたの。『別れなさい』って言われるのが分かっていたから…。」
 「ふ 〜ん、そうだったんだ」
  「親友を裏切っているようで辛かったけど…リョウの方がずっと大切だったから」
 美津子はいたずらそうに上目使いで彼を見た。良は背筋がぞっとするほどの色気を感じた。若い女性にはない成熟した女の色気であった。

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 「リョウ、きっと、また会えるわね」 突然美津子が切り出した。
  「えっ、どうして?」
  「だって、わたし、もう帰らなければならないから…娘も今日は学校から帰るのが早いし…」
 彼は現実に引き戻された。美津子には帰る家庭があり、しかも子どもまでいる。自分も同じように帰らなければならない家庭があることを棚に上げて、強いジェラシーを覚えた。 しかし、それを彼女にはおくびにも出さなかった。美津子への強がりだった。

 美津子との再会64
  「そうなんだ。じゃ、シェフにも迷惑がかかるし…。ミツコ、先に帰って…」
 「もう少しだけ、ここに居させて…」
 どこかであったような会話であった。それは忘れえぬ二十年前の別れの日の会話であった。 そう、二十年前の二人の別れのときの…。
 美津子はあのときと同じように、良の手の上に自分の手をそっと重ねた。

 美津子との再会65
  しかし、シェフと奥さんの目を憚(はばか)ってか、それとも儀礼的のためだったのか、それは実にあっけなかった。ただ、彼を見つめる瞳には愛情が感じられた。 しかし、良がそう感じただけの幻(まぼろし)だっただけかもしれない。
 「じゃ、リョウ、お元気で」
  彼女の声にも態度にも、二十年ぶりにあった別れを惜しむ様子は、まったく感じられなかった。 友人と会って挨拶して別れるそれであった。彼の住所も聞かず、ましてや彼女の住所も告げずに…。彼女にとって、彼ははるか遠い夢の出来事になっているのを思い知らされた。

 美津子との再会66
 会えた嬉しさは、あの短いひと時だけだった。「まちかど」に行かなければ良かった。−美津子に会わなければ、二十年前と同じ苦しい思いをしなくて済んだのに…。後悔だけが残った。
 彼女への未練を断ち切るのに何年かかったことか!いや、二十年経た今でも、心のどこかに彼女への捨てきれぬ未練があった。美津子のほんの一部だけでも似た女性に会うたびに、今でも彼は胸がときめくことさえあるのだ。

 美津子との再会67
  I want to marry you. But we can’t. What shall I do. I love you. I love you
「あなたと結婚したいわ。でも、できないのね。わたし、どうしたらいいの?大好き、大好き、あなたのこと」
  あの美津子はどこに行ったのだろう?ひたむきに、そして一途に私を愛してくれた美津子は、もういない。居るのはエリート社員を夫に持ち、愛する子どももいて、幸せな家庭がある美津子であった。

 美津子との再会68
 シェフにも奥さんにも住所も電話も告げてなかった美津子。お金持ちの奥さんの気まぐれとしか思えなかった。
 「俺の心を弄(もてあそ)んでいるだけ?」−美津子への疑惑さえわき上がった。暇(ひま)つぶしのお金持ちの奥さんの道楽かもしれない。良の不信感は募っていった。
 だが、一方では、 「美津子が変わるわけはない」との思いもあった。
 「シェフの料理が食べたくて…」は口実に過ぎない。本当は自分に会いたかったに違いないと…

 美津子との再会69
 結論の出ない矛盾した二つの考えが、ずっと良の心に引っかかった。仕事をしているときでも、自宅でくつろいでいるときでさえも、美津子の透き通るような白い指、色香を漂わせた白いうなじが、浮かんでは消えた。
それは二十年前の美津子か、それとも先日の美津子なのか−彼の中で錯綜(さくそう)して止まなかった。それどころか、先日美津子に会ったことさえ、夢か現(うつつ)か、彼の中で混沌(こんとん)となっていた。

  恵里と美紀との食事 フランス料理「ビストロ シノザキ」
 美津子との再会70
「部長、最近変です。また、何か新しいアイディアを出すのですか?」
 大学を出て3年目の、鈴木恵理がいつもの快活さで話しかけた。
 「なぜだね?鈴木君」
  「部長のパターンは分かっています。何か新しいアイディアを思いつくと、遠くを見つめたり、メモ用紙に落書きしますから。部長の癖をみんな知っています」
  指摘されて初めて知った。自分にはにはそういう癖があるのか。部下は彼をよく観察していたのだ。
「どんなことか、ヒントだけでも下さい」

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        第1章 美津子との再会(BN)
 (0001〜) 偶然の再会「イタリア料理まちかど」
 (0021〜) 別れの日
 (0034〜) 家族の留守の夜
 0047〜) 初めての衝撃的な出会い
 (0053〜) キスを拒む美津子
 (0070〜) 恵里と美紀との食事 フランス料理「ビストロ シノザキ」
 (0091〜) 一人で思いに耽る良「和風居酒屋 参萬両」
 (0101〜) 良に甘える恵理「おでん 志乃」
 (0123〜) 恵理・美紀と良の心の故郷「和風居酒屋 参萬両」
 (0131〜) 恵理と食事の帰り路「おでん 志乃」
 (0141〜) 再び美津子と出会う「寿司屋 瀬戸」
 (0161〜) 恵理のお見合いの結末「焼き肉屋 赤のれん」
 (0181〜) 美津子と二十年ぶりの食事「割烹旅館 水無川(みながわ)」
 (0195〜) 美津子に貰ったネクタイの波紋「焼き鳥屋 鳥好(とりこう)」
 (0206〜) 美紀のマンションで、恵理と二人きりの夜
 (0236〜) 恵理と美津子の鉢合わせ「寿司屋 瀬戸」
 (0261〜) 美津子からの電話
 (0280〜) 深い悩みを打ち明ける美津子「レストラン ドリームブリッジ」
 (0296〜) 飲めない酒を浴びるように飲む「和風居酒屋 参萬両」
 (0301〜) 美紀のマンションで目覚めた良

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