連載小説 追憶の旅     「第3章  良の苦悩」
                                 作:夢野 仲夫

   
(本文) 「美紀の苦悩」

 良の苦悩331 通算961
 「それは知らない。俺だけかもしれない。少なくとも俺は分かる。」
 「リョウ君はやはり怖い人ね。」
 「どうして?」
 「繊細過ぎるほど繊細なんだもの。わたしにも分かるの?」
 「たぶん、美紀にも分かると思うよ。俺が浮気をするとすぐに…。美紀も繊細だから。」
 「ホント。でも雑誌にはそんなこと書いてないけど…。」
 「それは雑誌の編集者が知らないからだろう。」

 良の苦悩332 通算962
 「最近、女性の膣の中の形が男性によって変わる、という学者がいるけど、それには時間がかかる。俺はリズムが一番だと思っている。」
 「それに他にも見分け方がある。」
 「どんな?」「教えない…。」
 「教えて、リョウ君。」「絶対ダメ!美紀が浮気して演技をされたら困るから…。」
 「わたし、浮気なんかしないもん。リョウ君のケチ。」
 「わたしが経験があると言い張っても、リョウ君は信じてくれないのも、根拠があったの。」

 良の苦悩333 通算963
 「あんなウソはとても通用しないさ。」
 「ウソじゃないもん。」
 「君が俺に気持ちの負担を掛けまいとしているのがミエミエだった。でも、そんな美紀が逆に愛しくて…。」
 「あ 〜あ、全部、見破られていたの?」
 「ああ、独特の感触があるから…。」
 「ウソをついてごめんなさい。」
 「ずっと以前から言っていたのはどうして?」
 「リョウ君と食事をしながら、初めての経験はこの人と決めていたの。一生のいい思い出にしようと思っていたの。」

 良の苦悩334 通算964
 美紀はしばらく考えていた。
 「リョウ君、なぜ、わたしが初めてだと分かったの?」
 「さっき言ったじゃないか。」
 「でも、かなり経験がないと区別できないでしょ。リョウ君はそういう人と何人も経験があることにならない?」
 頭の回転のいい子だった。良はたじろいだ。
 「俺は敏感で繊細だから分かるの。わからない人はどんなに経験しても分からないはず。」
 「怪しいなぁ。でも、そういうことにしてあげる。リョウ君、手を出して。」

 良の苦悩335 通算965
 彼女は彼の手の甲を軽くつねった。
 「痛い!」
 「これで勘弁してあげる。リョウ君のエッチ。わたしも気をつけなければ、騙されそう。」
 「誰も騙してなんかいないよ。」
 「う 〜ん、そんな気もするなぁ。リョウ君はバカ正直だから…。でも、怪しいなぁ。灰色かなぁ。」
 「君は政治家か!」 二人は睦言(むつごと)を繰り返した。心の通う者だけに存在する、たおやかな空気が流れていた。
 「リョウ君、お家に帰らなくていいの?連絡もしてないでしょ。」良をあくまで気遣った。


   
「第4章  別れのとき」

   
(本文) 親友花村部長と4人で「寿司屋 瀬戸」

 別れの時1 通算966
 「人事の花村部長が私と恵里に『寿司 瀬戸』でご馳走してくれるそうよ、恵里行こうよ。」
 「ホント?あの花村部長が…。何か怖いことない?」
 「高いネタをお腹一杯食べて、花村部長を困らせてやらない?」
 「美紀は相変わらず大胆ねぇ。でも、面白そう。」久しぶりに恵里が満面の笑みを浮かべた。
 「出口で花村部長を捕まえようよ、恵里。」
 「分かったわ、うふ。」

 別れの時2 通算967
 退社時刻を待ちきれないように、早々に私服に着替えて、出口で花村部長を待った。
 「部長、お待ちしていました。」彼はきょとんとした。
 「何で君たちが私を待っているのかね?何も聞いてないぞ。」
 「ウソでしょう、柳原部長がおっしゃっていました。『近いうちに、私と鈴木さんにお寿司をご馳走して上げる』とおっしゃったそうですね。すぐに実行がわが社のモットーです。それを一番理解されているのは、もちろん、人事部長でしょう。」

 別れの時3 通算968
 「クソッ、柳原に嵌(は)められた。」
 「何かおっしゃいました?」
 「いや、何も言っていない。」美紀と恵里が両脇から挟んでガードを固めた。
 「仕方がない、行くか。」花村も美人二人に囲まれてまんざらでもない表情をしていた。そこへ良が出てきた。
 「柳原、俺を嵌(は)めたな?」
 「何のことだ、俺は何も知らない。」
 「寿司を彼らに奢ると、お前が言ったんだろう。」
「なんだ、そんなことか。お前言っていたじゃないか。」

 別れの時4 通算969
 「確か、トロをお腹いっぱい食べさせてあげたい。それに穴子、アワビ…、他に何だったかなぁ。」
 「そんなことまで言ってないぞ。」
 「酔っていたから忘れたんだろう。それに美人二人に囲まれて嬉しそうじゃないか?」
 「お前も付き合え、二人は大食いなんだろう?俺は怖い。」良と花村は大笑いした。通りかかった良の若い部下が囃(はやし)し立てた。
 「紺野さんが人事部長のお気に入りという噂は本当だったんだ!」とからかった。 物言えぬ企業風土が醸成されつつある中で、思いがけない出来事だった。

 別れの時5 通算970
 「君、こちらに来なさい。」花村が若い社員を呼び止めた。
 「君はどこの部かね。名前は?」社員は良の方をチラッと見てうなだれた。
 「君はさっき、噂といったね。誰から聞いたのか?根拠のない噂を流すことは会社の品位にかかわる。明日にでも人事部に来るか?調査委員会を発足させ、徹底的に調査することになるだろう。」 若い社員は真っ青になって震えている。
 「場合によっては、今日だけなら見逃してやるが、今後も言うつもりかね。」

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       第3章 良の苦悩(BN)
 (0631〜) 恵理の葛藤「おでん 志乃」
 (0651〜) 良の隠れ家へ美紀が…「会員制クラブ 志摩宮」
 (0671〜) マンションに誘う美紀
 (0686〜) 美津子から急な呼びだし
 (0701〜) 美津子の夫のアメリカ赴任「料亭 古都」
 (0731〜) 宣戦布告以来初めて3人で食事「豆腐料理 沢木」
 (0741〜) 馴染みのバー「クラブ 楓(かえで)」
 (0756〜) 人生の転換期の苦悩「ビストロ シノザキ」
 (0771〜) 美紀の弟正一郎との出会い「イタリア料理 ローマ」)
 (0806〜) 美津子と想い出の店で「和風居酒屋 参萬両」
 (0823〜) 美津子との復活
 (0856〜) フランス料理「右京」
 (0881〜) スナック「佳世(かよ)」
 (0891〜) 美紀と初めての夜
 (0916〜) 良の家庭崩壊「寿司屋 瀬戸」
 (0936〜) 美紀の苦悩

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