連載小説 追憶の旅     「第4章 別れのとき」
                                 作:夢野 仲夫

   
(本文) 親友花村部長と4人で「寿司屋 瀬戸」

 別れの時16 通算981
 「大きな財布が二つあるから、今日は安心ね、美紀。」
 「ヤナちゃん、お前はこんな怖い女性とたびたび食事しているのか?」
 「ああ、それが何か?」
 「度胸あるなぁ、究極の肝試しだ。」
 「口に食べ物が入っているときには止めてください。吹き出しそうです。」
 「美しいものには棘(とげ)があるが、この二人は棘(とげ)じゃないぞ。」
 「何ですか?わたしたちは。」
 「杭(くい)のような大棘だ。」花村の言葉に全員が声を立てて笑った。

 別れの時17 通算982
 「二人は仲が良かったの、昔から。」恵里は楽しそうに花村に話しかけた。
 「仲がいいどころじゃない、お互いに女房がヤキモチを焼くくらいだった。」
 「ふ 〜ん」
 「痔になりそうなほどだった。」良は腹を抱えて笑ったが、二人はすぐには分からなかったようだ。
 「イヤ 〜ン」良がボケをかますと、やっと理解したのか、今にも吹き出しそうに笑った。
 「もう、ダメ。わたしダメ、おなかが痛い。」恵里は笑い転げた。

 別れの時18 通算983
 「クソッ、いいところをヤナちゃんに持っていかれた。少しスベッたか?」いかにも残念そうな花村に美紀も腹を必死に押さえている。
 「二人はまるで漫才みたい。ハナちゃんのイメージが変わったわ。」
 「紺野君、どんなイメージだったのかな、俺は?」
 「冗談一つ言わない堅物。」
 「やはりそうか?」先ほども聞いていたのに、同じように肩を落とした。その落胆振りがさらに笑いを誘った。

 別れの時19 通算984
 「オイ、ヤナちゃん、今度お前の部に行って、山田をからかってやろうか?」
 「それは行き過ぎだろう。それより、さりげなく顔を出してくれ。そのとき山田に、『頑張って、先日のマイナスを取り返しているか?』と言ったら面白いぞ。
 「怖い会話。この二人にかかると何をたくらまれることやら。」美紀も面白そうであった。
 「ハナちゃん、いつ行くの。明日?恵里、私をすぐに呼んでね。」

 別れの時20 通算985
 「急いで呼んであげる。美紀が来るまで、絶対に山田さんに声を掛けてはダメよ。ハナちゃん。」
 「この二人の方が怖いわ。ヤナちゃん、よくこんな宇宙人と付き合えるねぇ。俺なんか頭がおかしくなりそうだ。」
 「俺はもう手遅れだ。完全におかしくなっている。まぁ、総理大臣に宇宙人がなる時代だから、今の時代は何が起きても不思議ではないがね。」
 「さぁ、そろそろお開きにするか?また、声を掛けてくれヤナちゃん。宇宙人とたまに話すのも面白い。」


   「第4章  別れのとき」

  
 (本文) 恵理の葛藤
 
 別れの時21 通算986
 花村は早々と立ち去った。
 「わたし、先に帰ります。部長は恵里をお願いします。」美紀も二人を置いて帰った。いつものように二人は並んで歩いたが、ぎこちない空気が流れていた。裏通りに入ると恵里は良の手を握った。
 「寂しかったの、わたし。リョウ君にあんなこと言ったから、もう、相手にして貰えないと思っていたの…。」
 「俺が悪いんだ。美津子と…。」
 「もう言わないで、お願い。美津子さんのこと言わないで…。」

 別れの時22 通算987
 「わたし、リョウ君が好きなのに、どこか許せなく感じたの。たかがセックスと思えればいいのに…。美津子さんに強い嫉妬を感じるの…。」 彼は恵里を抱きしめようとすると、何の抵抗もなく彼にもたれかかった。
 「リョウ君、どうしてこの前、わたしを思いっきり抱きしめてくれなかったの…。」
 「だって、恵里が嫌がっていたじゃないか。」
 「わたし、不潔感を覚えていたの。でも…でも…リョウ君が強引に抱きしめてくれていたら…。」

 別れの時23 通算988
 「わたし…わたし…。許せていたのに…。」恵里は泣いていた。揺れ動く微妙な女心を垣間見た。
 「そんなこと…俺にはできない。」
 「わたしにはリョウ君を惹きつける魅力がない…。あの夜からずっと眠れない。頭の中をいろんなことが駆け巡るの。リョウ君が、美津子さんと…考えるだけで胸が張り裂けそうになるの。」
 「恵里…。」
 「わたしには…わたしには…リョウ君を愛する資格がない…。リョウ君を独り占めしたくなるの…。」

 別れの時24 通算989
 「リョウ君教えて。人を好きになるって、こんなに苦しいの。それとも、わたしの心が狭いの…」
 「君の考えが当然だ。俺だって美津子と別れた後、ずっと君と同じことを考えていた。美津子が他の男に抱かれるのを想像するだけで…。」
 「リョウ君、わたしのこと好き?」
 「大好きだよ、恵里。」
 「うれしい!」彼女から良の唇を求めた。 唇を重ねながら、美紀の悲しい表情がふと脳裏を横切った。

 別れの時25 通算990
 人の倫とは何だろう?同時に二人を好きになってはいけないのだろうか?数人まで妻を娶ることを許す国もある。キリスト教の世界観が唯一無二なのであろうか?私は現在の日本に生まれ、日本の文化で育てられた。−良は自問自答していた。
  しかし、彼が同時に二人を好きになっている事実は動かなかった。二人だけではなかった。別れの気配を微かに感じながらも、どこかで美津子に限りなく惹かれている自分も感じていた。
 どの時代でも血を残すために多くの女性に囲まれていた人間もいる。それらは人の倫に反しているのだろうか?

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       第3章 良の苦悩(BN)
 (0631〜) 恵理の葛藤「おでん 志乃」
 (0651〜) 良の隠れ家へ美紀が…「会員制クラブ 志摩宮」
 (0671〜) マンションに誘う美紀
 (0686〜) 美津子から急な呼びだし
 (0701〜) 美津子の夫のアメリカ赴任「料亭 古都」
 (0731〜) 宣戦布告以来初めて3人で食事「豆腐料理 沢木」
 (0741〜) 馴染みのバー「クラブ 楓(かえで)」
 (0756〜) 人生の転換期の苦悩「ビストロ シノザキ」
 (0771〜) 美紀の弟正一郎との出会い「イタリア料理 ローマ」)
 (0806〜) 美津子と想い出の店で「和風居酒屋 参萬両」
 (0823〜) 美津子との復活
 (0856〜) フランス料理「右京」
 (0881〜) スナック「佳世(かよ)」
 (0891〜) 美紀と初めての夜
 (0916〜) 良の家庭崩壊「寿司屋 瀬戸」
 (0936〜) 美紀の苦悩

       第4章 別れのとき(BN)
 (0965〜) 親友花村部長と4人で「寿司屋 瀬戸」
 (0986〜) 恵理の葛藤
 (0996〜) レイクサイドホテル
 (1031〜) 美津子との距離
 (1046〜) 美紀のマンションで
 (1066〜) 恵理との小旅行
 (1083〜) 「日本料理 池田」
 (1094〜) 「恵理へのラブレター」
 (1111〜) 「恵理の初めての経験」
 (1176〜) 美津子の秘密「和風居酒屋 参萬両」
 (1196〜)  美紀への傾倒
 (1221〜)  最後のメール

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