その11 「鈍川温泉」

 松山市から奥道後を経て、317号線を今治に向かって進む。くねくねと曲がった山道を行くとときどき不安になってくる。道路がいきなり狭くなったり、行き止まりになったりするのではないかという不安である。実際、私は知らない山道を走っていて、何回かそういう目に合ったことがある。

 しかし、今回は余裕である。弟子からこの道の様子を事前に聞いていたからだ。どういう泉質か、どういう風情かを想像するだけである。愛媛でも有名な温泉の一つなので、おそらくや私の想像を絶する温泉に違いない。

 秘湯の類で、自分で川の水をせき止めると温泉になる露点風呂か?それとも男性は私一人で、その他のお客はうら若き女性ばかりの混浴か?などなど私の空想はどんどん膨らむのである。

 弟子から事前に聞いていたとは言っても、山道をくねくね進めばさすがに不安になってくる。「弟子に一杯食わされて」いるとも考えられる。なにしろ冗談の多い弟子たちばかりである。「空家先生が行き止まりの山道でどういう風に困るか?」を想像しているのではないかと…。

 道が狭くならないことだけが安心の根拠である。片側1車線の道が続いている。道の両側には杉、桧が生い茂っていて四国山地のなだらかな傾斜が続いている。だが、車の数は少ない。

 こうしてやっと鈍川温泉にたどり着いた。弟子は私をからかっていないのであった。普段は私を「こけにする弟子たち」なのに、本心は私を心から尊敬と畏敬の念で見ていることが今回初めて分かったのである。これは大収穫である。

 ところが、である!? 一体どういうことであろうか?温泉で私をうやうやしく出迎えてくれたのは、ホテルの支配人でも美人のフロントの女性ではない。何と孔雀であった。それも檻の中の孔雀でも、孔雀の置物でもない。正真正銘の孔雀である。駐車場を自由に歩いている孔雀が私を出迎えてくれたのである。

 日本広しと言えども、孔雀がお客さんの出迎えをする温泉がどこにあろうか?青天の霹靂、驚愕の事実、三寒四温、雨天順延。それも余裕しゃくしゃくで、まさしく看板娘ならぬ看板孔雀ではないか。ところが、弟子は私にこれを告げてなかった。そういうことか、そういうことだったのか?弟子のセンスに敬服である。「孔雀が出迎える」と事前に言っていたら、何の面白さもない。

 あとで聞くところによれば、昼は適当に遊びに行って、夜には帰ってくるという。おそるべき孔雀である。それを何とも思わないホテルの支配人も凄い。鈍川温泉はこれだけで訪れる価値がある。

 鈍川温泉 アルカリ単純泉
  愛媛県今治市玉川町鈍川甲276

 大浴場に露天風呂、岩風呂がある。しかし、岩風呂と大浴場はつながっていないのはやや残念。温泉の先進県なのでもちろん家族風呂もある。露点風呂の温度はやや低いが、下には川が流れていて、水の音が疲れた身体を癒してくれる。自然の中に自分を置いているような錯覚さえ覚える。しかも温泉だけなら400円。愛媛でも有名な温泉の一つだと言われるのもうなずける。

カウンタ