その15 「並滝寺湖粋園」

 広島県八本松のJR駅から15分ほど車を走らせたところにある。国道からそれほど入った

場所でもないのに、自然に抱かれた錯覚に陥るほど静かでゆったりできる温泉である。

変に観光化されていないのがいい。そのため、最近知ったばかりなのにすでに何回も通っ

ている。それほどいいところであるということだ。

 
  ところで、私は実に綿密かつ計画的な人間である。24,5歳のときから、地球はいずれ

食糧難の時代がくることを読んでいた。人口論のマルサス以上に厳しく認識していたの

である。


  人口増によってもたらされる食糧難に対処するためには、そのときになって慌てふため

いても決していいことにはならない。そのために、結婚当初から少しずつ食べる量を増

やして腹部に脂肪を貯めていったのである。

 
  その結果、24,5歳の頃と比較すると、20cmほど腹部に立派な脂肪の貯蓄ができた。

これは1年や2年そこらで可能な貯蓄量ではない。綿密な計画とそれを実行する強い

意志があって初めて可能な量である。


  お金に例えるのは、知的で上品で優雅な私の口から言うのも気が引けるが、10億円

くらい貯金した努力に等しいほどの素晴らしい、そして類まれな結果である。多くの読

者はいま、感動に打ち震えながらこの文を読んでいるに違いない。

 
  1cmが1ヶ月間食糧難を乗り切れるとすると、何と1年を優に越える期間耐えうる身

体作りに成功したのである。私はこの計画を遂行できたことに満足し、喜びの絶頂に

いた。ところが、である。とんでもない誰かが、私の随喜の涙を悲し涙に変えようという

恐るべき悪意に満ちた陰謀を図ったのである。


  「メタボリックシンドローム、通称メタボ」という、とんでもない学説がそれである。曰く

「腹回りが85cm以上はメタボである」 身長200cmの者と150cmの者も85cm

以上がメタボだそうである。そんなアホな!

 
  私は元来学者の言うことなど信じない。「カープが弱いのはタバコを吸う選手がいる

からだ」「喫煙者は権力に弱い」などと、まさにオリジナリティあふれた珍説をのたまう

御仁さえいるからなぁ。(それも授業でプリントまで配って)


  すべての条件を無視した学者先生の理論より、自信に満ち、かつ綿密な計画を練って

実行した私ゆえ、私の強い信念はいささかも揺らぐ者ではない。2日に1度は夕食を減

らすなど決してする者ではない。ましてや、コーヒーに砂糖をやめて人工甘味料に決し

て、変えるような柔でもない!


  さらに、さらに「ゆらゆらスタイルupベルト」をデオデオで9800円(今なら、さらに10%

値引きなんてツユほども知らない)など購入し、寝る前に20分間する者でも決して、

ない。何度も言うように、私は微動だにしない強い信念の持ち主であるから…。

 
  私の強い強い信念をさらに確固たるものに昇華してくれた人たちがいる。アメリカの

学会である。「85cmには根拠がない!」という発表である。あらゆる学説を批判的に

見る私であるが、これにはもろ手を挙げて賛成できる。アンタ方はエライ!アンタ方は

スゴイ!


  さらに日本の学者の中にも超優秀な方がいる。「小太りの方が長生きする」と説いて

いるではないか!「小太り」という言葉はやや気に障るが、(なぜなら、何年もかかって

やっと腹部に脂肪を貯金したのであるから)メタボ理論よりはるかに素晴らしく納得でき

る学説である。私の綿密なかつ計画的な実行はかくも正しかったのである。私は今、

感涙に咽んでいる。


  しかし、一体誰がこういう陰謀を企てたのであろうか?およそ、陰謀を図る者はその

メリットを享受できる者と、旧石器時代から決まっている。並滝寺湖粋園温泉に入って

ゆっくり考えてみよう。

  並滝寺湖粋園

 住所:広島県八本松町

 ラドン温泉であるためぬるぬる感はほとんど感じない。この温泉の露天風呂は、まさ

に自然に抱かれた感じがする。「動物に注意」という看板もある。温度もぬるめに設定

していて、老人でも安心して入浴できる。食事は1階がいす席、2階が広い座敷になっ

ている。1回目の値段は1200円だが、2回目からは800円。(値引き券をくれる)

カウンタ