連載小説 追憶の旅     「第4章  別れのとき」
                                 作:夢野 仲夫


「第4章  別れのとき」

    (本文) 美津子の秘密「居酒屋 参萬両」

 別れの時226 通算1191
 「リョウ君、みっちゃんを責めてはダメよ。あなたが悪いのよ。」
 「分かっている。すべて分かっている…。」
 「ところで、由美に頼みがある。」
 「なに?」
 「美津子を支えてやってくれ。彼女には君しかいない。」
 「リョウ君!まだ、美津子を…美津子を庇(かば)うの?」
 ママと良のやり取りで、由美はすべてを理解したようだった。
 「俺が悪かったんだ。俺のせいで美津子の人生が変わったんだ。」 良はむせび泣いた。彼女の人生を変えてしまった己の過去を呪(のろ)った。

 別れの時227 通算1192
 「それに…俺に話したことも絶対に美津子に言わないでくれ。俺は美津子を受け入れる。俺にとって、美津子は…美津子は…今でも弥勒菩薩なんだ。…」
 由美は黙り込んだ。何を言っても聞き入れそうにない良に、あらためて二十年前と変わらない彼を見た思いであった。
 「美津子は悪くない。本質的に彼女は遊び人じゃない。」 再会してから感じていた美津子への不信感の原因が分かった今も、それを否定する自分を感じていた。

 別れの時228 通算1193
 「リョウ君、ダメよ。美津子さんに会ってはいけない。あなたまでダメになる。」母親と同じようなママも心配そうであった。
 「リョウ君。」「…。」
 「ママもお願い!みっちゃんのことは忘れて…。全部リョウ君の夢だったのよ。幻だったのよ。」
 「ママ!…ミツコに会わなければ良かったんだ。二十年前の出会いが…。ミツコはかわいかった。俺の弥勒菩薩だったんだ…。」 ママも由美も泣いていた。

 別れの時229 通算1194
 「リョウ君、わたしは美津子に言うわ。今日のこと悪いけど言う。わたしは美津子の友達だけど、リョウ君まで巻き込んではいけない。自分のやったことは自分で責任を取らなければならないことを教えてあげるの。それが本当の友達。」 由美は明言した。
 「止めてくれ!美津子が俺に会えなくなる。美津子はそういう子なんだ。絶対に止めてくれ。」
 「それは分かっているわ。」

 別れの時230 通算1195
 「でもね、リョウ君。自分でまいた種は自分が刈るのは人としての道なの。美津子にはそれを教えるの。私以外にそれを教えられる人はいない。」
 「いつか俺が教える。俺が責任を取る。美津子は悪くない…。」
 「どうするつもり、リョウ君?まさか、あなたが離婚して美津子と結婚するつもり?」
 「…。」彼はすでに離婚していることはママにも誰にも言ってはいなかった。
 「何かあったら連絡して。俺は帰る。」

「第4章  別れのとき」

    (本文) 美紀への傾倒
 
 別れの時231 通算1196
 良は由美に電話とメールアドレスを教えて立ち上がった。
 「リョウ君!」ママと由美の呼びかけを無視して立ち去った。 「参萬両」を出てしばらくしたところで携帯に電話が入った。美紀からであった。
 「リョウ君、いま、いい?」のんびりした口調であった。
 「…ああ…いいけど…。」彼の声は涙声であった。
 「どうしたの、リョウ君?」いつもとはまったく違う良に美紀は慌てた。
 「…何も…」
 「いまどこにいるの?」
 「…歩いている…。」
 「どこを歩いているの。雨が降っているでしょ。」

 別れの時232 通算1197
 「…濡れてもいい…。」
 「近くにいるの?」 「… …」
 「すぐ迎えに行くわ。どこから歩いたの?」 「…参萬両…。」
 「こちらに向かって来るのよ。電話を切らないで。絶対に切ってはダメよ。」 傘を持って慌ててマンションを飛び出した美紀は、携帯で場所を確認しながら良に向かった。
 「もういいわ、電話を切っても。リョウ君が見えたから…。」
 「美紀!」良は美紀の顔を見るやいなや声を上げて泣いた。

 別れの時233 通算1198
 「どうしたの?こんなに濡れて…。」左手に傘を持ちながら、右手で良の肩を抱きしめて、マンションに急いだ。
 マンションに入るとすぐに風呂の準備をした。
 「タクシーをなぜ拾わなかったの?寒いでしょ。」彼女は良の着ているものを脱がせて、風呂に連れて行った。 良はなされるままであった。その間も涙が流れていた。
 「何があったの、リョウ君?」
 「…。」美紀に言える話ではなかった。

 別れの時234 通算1199
  美津子との別れをどこかで意識しながら、一方では美津子との結婚を意識している良。 何が本当の自分かさえ、見失いそうなほど揺れ動く感情の間(はざま)に良はいた。
 美紀に合わせる顔などない良であったが、美紀に無性に会いたがっている良でもあった。
 「電話をして良かったわ。リョウ君の声を無性に聞きたかったの。」
 「わたしも一緒に入ってあげる。」尋常でない良の様子に、美紀は不安を感じていた。

 別れの時235 通算1200
 「何があったの、リョウ君?」
 「聞かないでくれ、美紀。」美紀の若く美しい肢体を見ても、彼の反応はまったくなかった。ただ、何かを思い詰めたように遠くを見つめていた。
 「…美津子…どうして?…」時折、同じ言葉を繰り返していた。
 「俺のせいだ、俺が君の人生を狂わせたんだ…。」 涙を流しながら呟く良に、美紀はただならぬものを感じた。
 「本当の別れが来たのね、リョウ君。」美紀の言葉に良はただ頷いて声を上げて泣いた。

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       第4章 別れのとき(BN)
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 (0996〜) レイクサイドホテル
 (1031〜) 美津子との距離
 (1046〜) 美紀のマンションで
 (1066〜) 恵理との小旅行
 (1083〜) 「日本料理 池田」
 (1094〜) 「恵理へのラブレター」
 (1111〜) 「恵理の初めての経験」
 (1176〜) 美津子の秘密「和風居酒屋 参萬両」
 (1196〜)  美紀への傾倒
 (1221〜)  最後のメール

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