連載小説 追憶の旅 「第1章  美津子との再会」

                                   作:夢野 仲夫

 美津子との再会221
  「部長、何を見ていらっしゃるの?私にも見せて下さい。」 良の真剣な表情に気になったのだろう、彼女はベッドから立ち上がろうとして少しよろめいた。良は慌(あわ)てて恵理に近づいて彼女を支えた。
 「君は横になって休んだ方がいい。」  そのとき彼女が良を抱きしめた。
  「こんなことに巻き込んだのも私のせいです。」 アルコールが抜けきらない恵理ではあったが、理性と感情の間(はざま)で揺れているようであった。

  美津子との再会222
  良は彼女の髪をそっと撫(な)でた。彼女の目から涙が流れていた。それは何の涙なのか良には分からなかった。おそらく本人にも分からないだろう。
  「鈴木君、安心してゆっくりお休み。私はずっとここにいるから…」
  「お願いです。今夜だけ私を恵理と呼んで下さい。今夜だけ…」 消え入りそうなか細い声だった。
  「恵理君…恵理…」 惹かれ合いながらもそれを口にできないもどかしさに、良の目からも涙が流れた。

 美津子との再会223
  「俺は何を恐れているのだろう。家庭を失うことか、社会的地位を失うことなのか?今までの半生で得た物を失うことが恐いのか、それほど大切なものなのか?」 何かを得れ何かを失うのだろうか?
  「リョウ君…」耳元で小さな声が聞こえた。「リョウ君…」 今度ははっきりと聞こえた。 いつか聞いたことのある優しい声に似ていた。ずっと遠い昔に聞いたことがある。だが、それがいつだったのか、思い出せなかった。

 美津子との再会224
 「恵理、好きだよ。君のこと大好きだよ。」 ついにタブーを口にした。彼女は必死にしがみついた。
 「大好き、大好き、リョウ君。」 豊かな膨(ふく)らみが二人のパジャマ越しに彼の胸に押しつけられた。一途な恵理、その恵理が良の腕の中にいる。良が求めれば恵理は何でも応えるだろう。
 しかし、恵理を得れば何かを失うかもしれない。それは社会的な地位かもしれないし、あるいは家庭かもしれない。今まで積み上げてきたすべてを失うことになるのだ。良の心は揺れ動いていた。

 美津子との再会225
  「リョウ君、パジャマのホタンが痛いわ。」 恵理は彼のパジャマを脱がせた。
 「私のも痛くない?」 彼女は自らパジャマを脱いだ。恵理の豊かな乳房が露(あら)わになった。
  「恥ずかしいわ、リョウ君。ライトを消して…」
  「恵理、キレイだ、まるでビーナスのようだ!」
  「暑いわ、わたし暑いわ。今日は何か変…」 彼女は下まで脱いだ。お互いを隔てる物は何もなくなった。

 美津子との再会226
 明かりを小さくした部屋に淫靡(いんび)な空気が流れた。手を伸ばせば恵理のすべてが良のものになる。恵理もそれを望んでいる。良は失うものと得られるのもの間(はざま)で悩んでいた。
  「リョウ君、大好き、あなたのこと大好き…」 恵理のささやきが良の耳に快く響いた。近くでささやきながら、それは遠くから聞こえるようでもあった。
  彼は恵理の唇に軽く自分の唇を重ねた。恵理との初めてのキスであった。

 美津子との再会227
  恵理は彼のキスを待ち焦がれたようだった。良が舌で彼女の歯に這わせると、恵理は歯を開いて彼の舌を受け入れた。彼らは何度も何度もキスを交わした。
  「キスってこんな風にするとは知らなかった。唇を合わせるだけだと思っていたのに…」  恵理はキスを何度もせがんだ。そのたびに彼女の形の良い乳房が彼の胸を刺激した。
  「リョウ君、欲しいものは何でもあげる…」  それは彼女の覚悟を示していた。

 美津子との再会228
  恐る恐る恵理の乳房に手を触れた。一瞬恵理は身体をこわばらせ、舌を自ら良の舌にからませてきた。彼女の形のいい乳房が良の指に委(ゆだ)ねられた。
  「ア〜ン」−彼女の口から微かな歓びの声が漏(も)れた。
  「リョウ君大好き、リョウ君大好き…」  うわ言のように囁(ささや)きながらも、彼女は決して良に『愛していると言って!』とは言わなかった。

 美津子との再会229
  与えるが求めない−社会的地位や家庭にしがみつき、何も捨てられない良を彼女は決して責めない。それどころか、良の在るがままを認めて身を投げ出す恵理
 夢と現(うつつ)の(はざま)を夢遊病者のように、良の腕の中で彷徨(さまよ)う恵理。 快感と羞恥心(しゅうちしん)の間(はざま)で彷徨(さまよ)う恵理。
 良は恵理の乳房に唇でそっと触れた。
  「あぁ…」押し殺した溜息(ためいき)が洩(も)れた。

 美津子との再会230
  「恵理…」「はい」
  「背中かいて…」 「うふ」 彼女は良の背中に手をまわした。
  「ここでいい?」−爪を短く切った清楚な彼女の指が、良の背中をいとおしむようにかいた。
  「リョウ君って、まるで子どもみたい。うふ…」 わが子の背中をかく母親のようだった。
  「リョウ君…リョウ君…」 彼女は良の腕の中で幸せそうに何度も囁(ささや)いた。
 その夜、良はそれ以上恵理を求めなかった。彼女を腕枕して二人は眠った。
  「リョウ君…リョウ君…」−遠く近くその声は聞こえた。彼女がうわ言のように言っていたのか、それとも夢の中なのか出来事なのか良には分からなかった。

 次のページへ(231〜240)

        第1章 美津子との再会(BN)
 (0001〜) 偶然の再会「イタリア料理まちかど」
 (0021〜) 別れの日
 (0034〜) 家族の留守の夜
 0047〜) 初めての衝撃的な出会い
 (0053〜) キスを拒む美津子
 (0070〜) 恵里と美紀との食事 フランス料理「ビストロ シノザキ」
 (0091〜) 一人で思いに耽る良「和風居酒屋 参萬両」
 (0101〜) 良に甘える恵理「おでん 志乃」
 (0123〜) 恵理・美紀と良の心の故郷「和風居酒屋 参萬両」
 (0131〜) 恵理と食事の帰り路「おでん 志乃」
 (0141〜) 再び美津子と出会う「寿司屋 瀬戸」
 (0161〜) 恵理のお見合いの結末「焼き肉屋 赤のれん」
 (0181〜) 美津子と二十年ぶりの食事「割烹旅館 水無川(みながわ)」
 (0195〜) 美津子に貰ったネクタイの波紋「焼き鳥屋 鳥好(とりこう)」
 (0206〜) 美紀のマンションで、恵理と二人きりの夜
 (0236〜) 恵理と美津子の鉢合わせ「寿司屋 瀬戸」
 (0261〜) 美津子からの電話
 (0280〜) 深い悩みを打ち明ける美津子「レストラン ドリームブリッジ」
 (0296〜) 飲めない酒を浴びるように飲む「和風居酒屋 参萬両」
 (0301〜) 美紀のマンションで目覚めた良

 

                 トップページへ  追憶の旅トップへ

カウンタ