連載小説 追憶の旅  「第3章  良の苦悩」
                                 作:夢野 仲夫

 良の苦悩101 通算731
 「部長、ずっと前におっしゃっていた豆腐を食べたいなぁ。恵理と相談して決めました。」  
 「今日は常務と…。」
 「あの頑固オヤジと…。」 言いかけて美紀は口を押さえた。
 「ウソだよ。豆腐はわたしは好きだが、君たちの口に合うかどうか?」
 「なぜですか?いまは若い人たちの間でもダイエット食でブームです。」 恵理も食べたそうな表情を見せた。
 「君たちがイメージしている、オシャレな豆腐料理ではないけどいいかね?」

 良の苦悩102 通算732
 「どんな豆腐料理ですか?」
 「実にクラシックな豆腐料理。昭和の香りのする料理だ。」
 「昭和の香り、ですか?」
 「まさにこれが豆腐という豆腐だ。」
 「部長と恵理の話を聞いていてもはじまらない。さぁ、行きましょう。」  美紀が間に入り、二人を急かした。
 「美紀はせっかちねぇ。」
 「二人のテンポの遅い話を続けると明日になる。」 三人はタクシーを拾った。
 「豆腐料理 沢木」には十分ほどで着いた。

 良の苦悩103 通算733
 「意外に近いところにあるんだ。へぇ、今まで、全く気付かなかった。」  経営者は良に挨拶しながら、若い二人をチラチラ見た。
 「いいですねぇ、若い美人と…。」 ほっそりした経営者は人懐っこい笑顔を見せた。
 「食い意地が張っているだけの、大食いで評判の二人でねぇ。豆腐は十分ありますか?このお店の豆腐がなくなるのが心配で…。」
 「柳原さん、それは大丈夫!しっかり売り上げを上げて下さい。」

 良の苦悩104 通算734
 「失礼な!ねぇ、恵理。二人とも普通。むしろ、小食よねぇ、」 ゲラゲラ笑いながら席に着いた。
 「いつものパターンでいいですか?」 彼が食べるのはセット料理に、単品で厚揚げと油揚げの丹の単品の追加だった。
 セット料理には豆乳、冷ややっこ、厚揚げ、油揚げ、湯葉、ご飯、味噌汁、漬物が付いていた。さらに、食後には豆乳のアイスクリームもついている。
 「まず、ビールでしょう。」 美紀は飲む気満々の気配を見せた。

 良の苦悩105 通算735
 「オヤジか、紺野君は。鈴木君も少し付き合うかね?」
 「はい、喜んで。」
 「これはダメだ!女の大トラ二匹は相手にはできないぞ!」
 「嬉しいくせに!鼻の下を伸ばしちゃって!」 美紀は良を飲んでかかっている。 テーブルの上に注文した豆腐料理を、見るからに人柄が良さそうな奥さんが並べた。
 「わぁ、お豆腐のフルコース。美味しそう。」 恵理も驚いている。

 良の苦悩106 通算736
 「この豆乳は中身が濃い感じね。」 
 この店では冷ややっこには薬味を一切のせず、醤油だけで食べさせた。
 「このお豆腐は大豆の香りがする。」 口々に言いながら、豆腐料理を楽しんでいる。
 「これが本当の豆腐だ。何十年も変わらない製法で作っている。この店を併設したのは、ごく最近でね。」
 「お客さんが多くないですか?席待ちをしているお客さんも居るとは思わなかったです。」 常に良には上司への接し方を崩さない恵理だった。

 良の苦悩107 通算737
 「小さい店だからねぇ。しかし、本当の豆腐を求めている人が多いのも事実だろう。」
 「オシャレな豆腐料理は食べたことがあるわ。それもわたし好きだけど、このお豆腐料理は別格ね。」 さすがにグルメの美紀はいろんなところで食べていた。
 「特に厚揚げと油揚げが好き。厚揚げにかけるダシはお醤油と違うのね。」  健康ブームで豆腐料理が再評価されている。しかし、昨今の豆腐とは明らかに違うものを二人は感じたようだ。

 良の苦悩108 通算738
 追加注文した厚揚げと油揚げがきた。
 「部長はいつもこんなに食べるのですか?」 恵理が彼の腹周りを見た。
 「鈴木君、何か言いたそうじゃないか?」
 「…いえ、何もありません…。」
 「恵理、言っちゃえ、言っちゃえ。メタボのオジサン!」 
 「そんなぁ…。」 悪戯っぽい目で二人をからかって楽しむ美紀。
 「さっきの油揚げには野菜を挟んでいただろう?」

 良の苦悩109 通算739
 「わたしはシンプルな物が好きなので、そのまま出してもらっている。奥さんもそれをよく知ってくれている。」
 「ホントね。わたしもこちらの方が好きかな?」  二人は豆腐料理を食べて楽しみながら、今までとは微妙に違う空気があった。
 美紀が恵理に挑戦状を突きつけてから、初めての三人の食事だった。互いに距離の取り方に戸惑っている気配が感じられた。

 良の苦悩110 通算740  
 今まで気付かなかったが、良の真正面には恵理が座っていた。席に案内されたとき、良の座る席を確認して、美紀はさりげなく恵理に席を譲っているようにも思えた。
 「わたし、耐えることになれているの。」  美紀は恵理を立てることを無意識のうちにしたのであろうか?
 「恵理、今夜はわたしのアパートに泊る?」
 「…。部長は?」
 「どうしたらいい?恵理。」
 「…答えられない…。わたし…。」
 「勝手に決めるな。わたしは帰る。」

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       第3章 良の苦悩(BN)
 (0631〜) 恵理の葛藤「おでん 志乃」
 (0651〜) 良の隠れ家へ美紀が…「会員制クラブ 志摩宮」
 (0671〜) マンションに誘う美紀
 (0686〜) 美津子から急な呼びだし
 (0701〜) 美津子の夫のアメリカ赴任「料亭 古都」
 (0731〜) 宣戦布告以来初めて3人で食事「豆腐料理 沢木」
 (0741〜) 馴染みのバー「クラブ 楓(かえで)」
 (0756〜) 人生の転換期の苦悩「ビストロ シノザキ」
 (0771〜) 美紀の弟正一郎との出会い「イタリア料理 ローマ」)
 (0806〜) 美津子と想い出の店で「和風居酒屋 参萬両」
 (0823〜) 美津子との復活
 (0856〜) フランス料理「右京」
 (0881〜) スナック「佳世(かよ)」
 (0891〜) 美紀と初めての夜
 (0916〜) 良の家庭崩壊「寿司屋 瀬戸」
 (0936〜) 美紀の苦悩

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