連載小説 追憶の旅  「第2章  千晴との出会い」
                                 作:夢野 仲夫

 千晴との出会い176 通算491
  「…部長が悪いのよ…すべて部長が悪いのよ…わたしに似た人なんて言ったからいけないのよ…今までずっと押さえてきたのに…」
  「恵理と泊ったとき…本当は…本当は…嫉妬(しっと)で狂いそうだった…嫉妬に燃えてずっと眠れなかったの…セックスしていなかっと知った時、ホントは嬉しかったの…でも、二人がしていれば諦(あきら)めることができたのに…部長が悪いのよ。ぜ〜んぶ部長が悪いのよ!」

 千晴との出会い177 通算492
  「それ以上言わないでくれ!紺野君。俺は君が指摘した通りのダメな男だから。」
  「ダメ男と分かっていても、部長には不思議な魅力があるの。恵里やわたしを虜(とりこ)にしてしまう…。ハンサムでもなく、トーヘンボクの泣き虫なのに…。意気地なしで、意地悪で、甘えん坊で…その上、美津子、美津子とバカの一つ覚えのように過去にしがみつく情けない男なのに…。」
 「でも、でも…部長のこと…ず〜と…ず 〜と…大好き!」

 千晴との出会い178 通算493
  「恵理だって薄々気づいていると思うわ。嫌いな人と食事行きたくないもの…。部長だってそうでしょ。」 意外な展開に良は何も言えなかった。それより今の出来事は夢か現(うつつ)かの区別さえ分からなくなっていた。
  「千晴が俺を恨んでいる。千晴が美紀となって目の前にいるのではないか?」−自分の罪の深さに慄(おのの)いた。
 ふと美紀の顔と千晴の顔がオーバーラップした。悪戯(いたずら)っぽい表情をしながら「レロレロして」とせがんだ千晴。
 良との結婚を夢見た千晴。その千晴の夢を無残に壊した自責の念が良を支配した。

 千晴との出会い179 通算494
  「部長、どうしたの?」 自分の世界に入った良に気付いたのか、美紀は咽(しの)び泣きから心配そうな表情になっていた。
  「キャピーごめん、俺が悪かったんだ。許して…」 目の前に千晴でもいるように、良は涙を流して許しを乞うていた。
  「キャピーと呼んでたのね、千晴さんのこと。」 美紀は良を再びソファに座らせた。
  「疲れているのよ。プロジェクトチームで忙しくって。もう少し飲みます?飲んだらグッスリ眠れます。」

 千晴との出会い180 通算495
 彼女はビールとピーナツを持ってきた。
  「部長はずっと前に『ときどきピーナツを食べたい時がある』とおっしゃったことがあるでしょ。部長と飲むときがあったらと思って買っていました。」
  彼のさりげなく言ったことまで美紀は覚えていた。単に覚えているだけでなく、良のために用意までしてくれていたのだ。その一途な思いは千晴そのものだった。
 良は涙が止まらなかった。 美紀を抱きしめて「キャピー、許して…、キャピー、許して…。」 何度も許しを乞うていた。

 千晴との出会い181 通算496
  「リョウ君、泣いちゃダメ。」 優しい声が聞こえた。それはどこかで聞いた記憶が確かにあった。美津子の優しさよりずっと広くて深い愛情がこもっている声だった。彼は記憶の糸をたぐった。
  「…紺野君、君だったのか?…あの夜のこと、君だったのか?」
  「あの夜、長い夢を見ていたと思っていた。本当は夢でなく現(うつつ)だったのか…」
  「リョウ君大好き…何度も何度も言ってくれたのは…君だったのか…」 良の涙はとめどもなく流れた。
 「わたし、知りません…。そんなこと知りません…」 消え入りそうな声だった。

 千晴との出会い182 通算497
  「それとも知らず…俺は…俺は…。」
 「いいんです。そんなこといいんです。だから、もう泣かないで…。」 彼女は良の背中に手を回しそっとかいた。母にかいてもらっている錯覚に襲われた。
 「そこじゃない!もっと右!」 「うふ、部長かわいい!」
 「止めてくれ、こんなおじさんに。」
 「ムキになっちゃって、ホントにかわいいんだから!」 美紀は力を込めて彼を抱きしめた。
 「リョウくん」「ん?」「お風呂に入って。」 母のような優しい声だった。
  「俺、帰る。女性一人だけのマンションに泊まれない。」

 千晴との出会い183 通算498
  「今夜だけ、今夜だけ一緒にいて。お願い!わたし、一人ぼっちで寂しい…。」
 「早く入って。お願い!」 美紀の言葉に押されて風呂に入った。すでに浴槽には湯がためられていた。
 「お願い、こちらを見ないで。」 タオルで身体を隠した美紀が後から続いた。美紀の大胆さには驚くばかりだった。
 関係がない男女の間で、女性の方から積極的に一緒に入りたがることを経験したことはなかった。
 さらに驚いたのは、入ってきたのを千晴と錯覚しそうなことだった。

 千晴との出会い184 通算499
 見事に均整(きんせい)の取れた美紀の肢体(したい)は、まさに身長をやや高くした千晴だった。
 「お願い、こちらを見ないで…。リョウ君お願い。」 恥ずかしそうにタオルで肢体(したいを隠す仕草も千晴と同じであった。
 「リョウ君の背中を流してあげたいの。男の人とお風呂に入ったことは一度もないのに…。」  一瞬たりとも彼の傍(そば)から離れたくない美紀の寂しさが伝わった。
 「わたし、お願いがあるの。二人だけのときは美紀と呼んで下さい。」
 「私も頼みがある。」
 「部長の頼みって何ですか?」

 千晴との出会い185 通算500
  「部長と言ったりリョウ君と言ったり、あの夜と同じ…。」
 「バ 〜カ、知らない!相変わらず意地悪ねぇ。それより頼みって何ですか?」
  「そのまま立ち上がって欲しい。まるで大理石の像のように美しい君を見たい。」
  「リョウ君のエッチ!」 
 嫌がる美紀を無理やり立ち上がらせた。均整のとれた見事なプロポーションの肢体(したい)がそこにあった。
 「足が太いのがイヤなの。」 千晴と同じであった。これほど健康的で美しい足を持ちながら、なぜ細さを求めるのだろう?
 細さが美という感覚が、日本女性の間違った評価になっているのであろうか?

 第2章次のページへ(501〜510)

          第2章 千晴との出会い(BN)
 (0316〜) 華やかなキャピー(佐藤千晴)との出会い「広松食堂」
 (0320〜) 千晴との初めてのデート
 (0329〜) 美しいゆえにに悩むキャピー
 (0351〜) 2回目のデート「蕎麦処 高野」
 (0371〜) 海が見える高台で…
 (0383〜) 手打ちうどんに喜ぶキャピー「手打ちうどん 玉の家」
 (0396〜) 過去に縛られる良への怒り
 (0410〜) ラブホテルでの絆
 (0431〜) 夜の初デート「和風居酒屋 参萬両」
 (0439〜) 良のアパートで…。
 (0471〜) 恵理・美紀と「手打ち蕎麦処 遠山」 
 (0481〜) 美紀のマンションで長い夢
 (0531〜) キャピーと初めての1泊旅行
 (0545〜) 2人で入った寿司屋に美津子が…「寿司 徳岡」
 (0556〜) 美紀と得意先に営業
 (0582〜) キャピーとの別れの真相
 (0611〜) 美紀が恵理に宣戦布告「イタリア料理 ローマ」


カウンタ

                          トップページへ  追憶の旅トップへ