連載小説 追憶の旅     「第5章  新たな出発」
                                 作:夢野 仲夫


「第5章  新たな出発」

   (本文)  おでん屋 志乃

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「ご両親の反対はないの?」
「最初は大反対だったけど、今は大歓迎です。」
「良かったわねぇ。」
「両親と会ってくれました。本人に会って安心したようです。特にパパは遊びに連れて来い、と何度もうるさいの。」
「部長さんに似たグチャグチャの顔でも?」
「はい、グチャグチャでも…。うふ。」ママの冗談に恵里も返した。
「我慢強い両親だこと。それに鈍感な意地悪でしょ。」

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 「はい。ずっと好きでも気づいてくれなかった鈍感な意地悪です。」二人はクスクス笑いながら話した。良は黙ってビールを飲んでいた。
 「部長さんも安心ね。部下の恵里ちゃんが幸せそうで…。」
 「はい、安心しました。」
 ママも恵里も決して名指しをしなかった。
 二人の会話を聞きながら、良は次の仕事のことを考えていた。ママはそれに気づいているようであった。

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 「男は大変ね、いろいろ思うことがあっても我慢も必要でしょ。」良を真正面に見据えた。まるで、心の中を見透かされているようだった。
 「そうだろうな。大変だろうな…。」
 「ママ、何の話?」
 「ううん、何でもないのよ。男は女を食べさせるのが大変だろうな、と思っただけ。」
 「思うことって何ですか?」
 「今まで好き勝手に遊ぶことができたでしょ、独身なら…。これからはそうは行かないでしょ。」
 「あの人は大丈夫です。けじめがつけられる人です。」

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 「恵里ちゃんの好きになった人だから、もちろん、心配してないわ。」明らかに話を変えていた。水商売で生きてきたママの経歴の重さを感じさせた。
 「恵里ちゃん、これはママの老婆心だけど…誤解しないで聞いてね。」「はい。」
 「博打も結婚も下駄を履くまでは分からないの。どんなことがあっても好きな人を放してはダメよ。」
 「はい、絶対に放しません。どこまでもあの人についていきます。」
 「そう、安心したわ。」

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 ママはすべてを見抜いていた。良が結婚のために退職できなくなるだろうことも…。恵里への男の面子であった。男としてのプライドであった。良がそれに拘ることを見抜いていたのだ。
 「ママには勝てないね…。」
 「とんでもない、部長さん…。」
 「結婚式はどうするの?」
 「あの人はバツイチなので、海外で挙げる方がいいかな、と思っています。」
 「今流行の結婚式ね。いいわねぇ。」

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 具体的な結婚式の話まで、恵里の家庭で話しているのだろうか。良はいつ恵里に話したらいいか悩んでいた。
 楽しい時を過ごした彼らはアパートに帰った。良は恵里に見つからないように、リクルートのための雑誌を慌てて隠そうとした。
 「リョウ君、それは何の本?」目ざとく見つけた恵里が尋ねた。
 「パートさんを雇うのにどれくらいが相場か勉強していたんだ。」

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 「リョウ君は人事の勉強もしているの?」
 「ああ、時代の流れを知るためにね…。」
 「会社で偉くなるのは大変なのね。」
 「偉くなりたいとは思ってないけどね…。」
 「わたしもリョウ君が自分の生き方を通してくれるのが一番幸せ…。」
 「恵里!」
 「恵里は知っているの。『すべてのしがらみを捨てて、違う人生を送りたい』というその理由を…。リョウ君はお仕事大好きなのね。でも、会社はゴマすりばかりが偉くなる…。」

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 「私が一番良く知っているの。毎日、すぐ傍で見ていたから…。リョウ君は仕事をしているときが一番輝いて見える。」
 「恵里…。」
 「難しい顔をしたり、考え込んだり…。上手くいったときは満面の笑みを浮かべていた…。今はそれが見られないのが残念だけど…。」
 「…。」
 「でも、今はそれとはまったく違うリョウ君をいつでも見ることができる。甘えん坊のリョウ君も好き…。」

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 「リョウ君。」「うん。」
 「私ばかり話しているみたい。リョウ君も何か話して…。」
 「真面目な顔をして言われると困るなぁ。実は俺、驚いたよ。」
 「何のこと?」
 「恵里のお祖父ちゃんの家はデカいんだ。お金持ちだったんだ。」
 「お祖父ちゃんの兄弟もみんなお金持ちみたい。」
 「恵里を見ただけでは気づかなかったよ、ごめん。」
 「私の家はお金持ちじゃないもん。父は普通のサラリーマン。堅いだけが取り得…父と会って分かったでしょ。」

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 「母方の方はみんなお金持ちのよう。でも、お祖父ちゃんは一人娘の母は、堅実なサラリーマンに嫁がせたかったみたい。商売には波があるって…。」「ふ 〜ん。」
 「わたしが言うのも変だけど、母はどんなに苦しくても、お祖父ちゃんを頼らなかったそうです。結婚した当初は生活が大変だったみたい。」
 「そうだろうなぁ。お嬢様からサラリーマンと結婚すると…。」
 「君のお母さんは立派だなぁ。恵里と同じでキレイだし…。」

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 第5章 新たな出発(BN)
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