連載小説 追憶の旅     「第5章  新たな出発」
                                 作:夢野 仲夫


 
登場人物とあらすじ
1章:美津子との再会(1〜314) 学生時代、大恋愛の末に別れた美津子の幻影から逃れられず、ずっとその幻影を追い続ける良(りょう)。その彼女に20年ぶりに出会う。一方、妻子ある良に心を寄せる部下の恵理彼女の親友の美紀。良を巡る3人の女性の愛憎を描く。

2章:千晴との出会い(315〜630) 大学を卒業してサラリーマンになった良が通う食堂で知り合った千晴。通りすがりの人が振り返るほどの美貌を備えた彼女。美津子との過去に縛られた良と千晴の想い出を織り交ぜながら、恵理と美紀との絡み合う愛

3章:良の苦悩(631〜) 20年前に別れた美津子との出会いが良の心を悩ませた。さらに千晴の化身のような美紀ひたむきに良を慕う恵理との間(はざま)を揺れ動く良。良をめぐる三人の女性の愛。

5章:新たな出発
(1281〜) 良の周りに起こる目まぐるしいほどの様々な出来事。良の新たな出発とは?

「第5章  新たな出発」

   
(本文)  日本料理 山園 

 新たな出発221 通算1501
若い子は洋食にはよく行くだろう。しかし、日本料理に行くチャンスは少ないはずと考えた良は、彼らを「日本料理 山園(やまぞの)」に案内した。カウンター席と、個室二つの小ぢんまりした店である。彼は一人で食事をするときは、カウンター席で経営者と話すのが常だった。
「わぁ、ステキなお店!」カウンターに案内された二人は、普段彼らの行く店とは違う雰囲気に感激していた。

 新たな出発222 通算1502
 経営者だけでなく綺麗なママの立ち振る舞いが、「山園(やまぞの)」の特有の雰囲気を醸し出していた。前菜から造り、煮物、焼き物とママが運んでくるたびに、その繊細な料理に嬌声をあげた。
 「薄味だけど口に君たちの口に合うかな?」
 「こんな料理初めてです。お刺身も何か違うような気がします。」由里と真子は顔を見合わせてはアルコールと食事を楽しんでいた。
恵理と美紀を連れては食事を楽しんだことが思い出された。

 新たな出発223 通算1503
 「おでんのよう。でも、まったく違います。本当に美味しい!」大根を厚く切ってその上に柚子をのせた料理にも彼らは盛んに美味しいを連発していた。この状況は恵理と美紀を連れては食事を楽しんだそれと同じであった。しかし、どこかが違っていた。
 彼らには恵理や美紀が持っていた何かが欠けているようであった。三、四歳の年の違いから生じるものか、それとも家庭環境の違いかは分からなかった。

 新たな出発224 通算1504
 それは携帯電話に象徴されていた。上司と食事を楽しんでいるのに、メールが来ていないかを時折コソッと確認していた。
 しかもカウンターの下でメールの返事さえ打っていた。それほど急いで返信する必要があるのだろうか?それとも小学生の頃から携帯に馴染んでいる彼らの生活は、普段の生活の中でも手放せないのであろうか?プライベートの時間のために、良は注意が出来なかった。プライベートでは躊躇せざるを得なかったのだ。

 新たな出発225 通算1505
 アコウの煮付も彼らには珍しいようであった。地域によってはなかなか手に入らないネタである。それも繊細な味付けの料理になっている。
 「手が芸術家のように繊細…」経営者の包丁さばきを見た由里は、経営者の細くて女性のような指に驚いていた。
 「部長がこのお店に来る理由がわかります。」真子も包丁さばきをうっとりした表情で眺めた。
 「包丁を見てご覧…。」
後ろにセットされた包丁に彼らは目を見張った。

 新たな出発226 通算1506
 「あの包丁は飾りですか?」
 「そうじゃない。いつも使うものだ。」
 「エッ、まるで飾り物みたい。」二人はまるで飾り物のように手入れの届いた包丁に見とれた。四十歳前後にも関わらず、昔堅気の職人の良さを持っている経営者の、料理への姿勢を垣間見るようであった。
 彼の洗練された繊細な料理にも関わらず、良の心に中には釈然としないものが渦巻いていた。

 新たな出発227 通算1507
 若い二人は携帯をチェックするだけでなく、ともすれば二人だけしか知らない話をしては声を上げて笑った。そのために二人の会話の中に入って行けなかった。
 恵理と美紀とでは絶対にあり得ないことであった。
「二度と彼らと食事をしたくない。」良の表情は自然に曇っていた。経営者もママもそれに気づいているようだった。ふと、目を合わせたママの目にそれが表れていた。

 新たな出発228 通算1508
 「俺は所詮、財布代わりか?」年齢の差がそうさせるのだろうか?良は最後に出されたご飯とみそ汁を食べながら自分の世界に入っていた。
 「恵理はどうしているのだろう?」無性に恵理に会いたくなった。しかし、それは出来ないことだった。
 「部長、この後どこか飲みに連れてって下さい。」という二人と早々に別れて、一人トボトボと「会員制クラブ 志摩宮(しまみや)」に向かった。

 新たな出発229 通算1509
 お客は誰も居なかった。マスターは寂しそうな笑顔を見せた。
いつもの水割りを飲みながら、マスターに歌を頼んだ。たった一人のためのライヴであった。美紀があの日歌った「グラシェラ・スサーナの愛の怖れ」をリクエストした。
  こんな幸せが 続くはずがない  
  夕べには ただ泣きながら  
  お互いに酔いしれた
  青い海の底に 光る貝殻に 
  手をのばして 手をのばして 
  息のつづくかぎり
  すべては やがて終る では愛は この愛は 
  その時は この命を愛とかえたい 

 新たな出発230 通算1510
 涙を流しながら歌った美紀の横顔が目に浮かんだ。今までに何度も聞いたマスターの歌であったが特別な思いが胸に響いた。
  きっと悔いないよ そうよ私だって  
  誰にも逢わずに 誰の言葉も 聞かなかった二人
  鏡の中に映る 鏡の数をかぞえ 
  沈んでいく 沈んでいく むなしい愛のしぐさ
  雨を見つめている 君の肩先が 
  色あせた誓いの 重荷にたえかねてた
マスターの低音がピアノの消え入りそうな音に重なっていた。

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        第1章 美津子との再会(BN)
 (0001〜) 偶然の再会「イタリア料理まちかど」
 (0021〜) 別れの日
 (0034〜) 家族の留守の夜
 0047〜) 初めての衝撃的な出会い
 (0053〜) キスを拒む美津子
 (0070〜) 恵里と美紀との食事 フランス料理「ビストロ シノザキ」
 (0091〜) 一人で思いに耽る良「和風居酒屋 参萬両」
 (0101〜) 良に甘える恵理「おでん 志乃」
 (0123〜) 恵理・美紀と良の心の故郷「和風居酒屋 参萬両」
 (0131〜) 恵理と食事の帰り路「おでん 志乃」
 (0141〜) 再び美津子と出会う「寿司屋 瀬戸」
 (0161〜) 恵理のお見合いの結末「焼き肉屋 赤のれん」
 (0181〜) 美津子と二十年ぶりの食事「割烹旅館 水無川(みながわ)」
 (0195〜) 美津子に貰ったネクタイの波紋「焼き鳥屋 鳥好(とりこう)」
 (0206〜) 美紀のマンションで、恵理と二人きりの夜
 (0236〜) 恵理と美津子の鉢合わせ「寿司屋 瀬戸」
 (0261〜) 美津子からの電話
 (0280〜) 深い悩みを打ち明ける美津子「レストラン ドリームブリッジ」
 (0296〜) 飲めない酒を浴びるように飲む「和風居酒屋 参萬両」
 (0300〜) 美紀のマンションで目覚めた良

         
 第2章 千晴との出会い(BN)
 (0316〜) 華やかなキャピー(佐藤千晴)との出会い「広松食堂」
 (0320〜) 千晴との初めてのデート
 (0329〜) 美しいゆえにに悩むキャピー
 (0351〜) 2回目のデート「蕎麦処 高野」
 (0371〜) 海が見える高台で…
 (0383〜) 手打ちうどんに喜ぶキャピー「手打ちうどん 玉の家」
 (0396〜) 過去に縛られる良への怒り
 (0410〜) ラブホテルでの絆
 (0431〜) 夜の初デート「和風居酒屋 参萬両」
 (0439〜) 良のアパートで…。
 (0471〜) 恵理・美紀と「手打ち蕎麦処 遠山」 
 (0481〜) 美紀のマンションで長い夢
 (0531〜) キャピーと初めての1泊旅行
 (0545〜) 2人で入った寿司屋に美津子が…「寿司 徳岡」
 (0556〜) 美紀と得意先に営業
 (0582〜) キャピーとの別れの真相
 (0611〜) 美紀が恵理に宣戦布告「イタリア料理 ローマ」

       第3章 良の苦悩(BN)
 (0631〜) 恵理の葛藤「おでん 志乃」
 (0651〜) 良の隠れ家へ美紀が…「会員制クラブ 志摩宮」
 (0671〜) マンションに誘う美紀
 (0686〜) 美津子から急な呼びだし
 (0701〜) 美津子の夫のアメリカ赴任「料亭 古都」
 (0731〜) 宣戦布告以来初めて3人で食事「豆腐料理 沢木」
 (0741〜) 馴染みのバー「クラブ 楓(かえで)」
 (0756〜) 人生の転換期の苦悩「ビストロ シノザキ」
 (0771〜) 美紀の弟正一郎との出会い「イタリア料理 ローマ」)
 (0806〜) 美津子と想い出の店で「和風居酒屋 参萬両」
 (0823〜) 美津子との復活
 (0856〜) フランス料理「右京」
 (0881〜) スナック「佳世(かよ)」
 (0891〜) 美紀と初めての夜
 (0916〜) 良の家庭崩壊「寿司屋 瀬戸」
 (0936〜) 美紀の苦悩

       第4章 別れのとき(BN)
 (0965〜) 親友花村部長と4人で「寿司屋 瀬戸」
 (0986〜) 恵理の葛藤
 (0996〜) レイクサイドホテル
 (1031〜) 美津子との距離
 (1046〜) 美紀のマンションで
 (1066〜) 恵理との小旅行
 (1083〜) 「日本料理 池田」
 (1094〜) 「恵理へのラブレター」
 (1111〜) 「恵理の初めての経験」
 (1176〜) 美津子の秘密「和風居酒屋 参萬両」
 (1196〜)  美紀への傾倒
 (1221〜)  最後のメール
 (1255〜) 江戸蕎麦「悠々庵」 *リンク間違いをまたまた

       
 第5章 新たな出発(BN)
 (1281〜) 恵理の引っ越し「おでん屋 志乃」
 (1306〜) 焼き鳥屋「地鶏屋」
 (1361〜) 恵理の新天地
 (1408〜) おでん屋 志乃
 (1451〜) 暗転
 (1498〜) 日本料理 山園

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