連載小説 追憶の旅     「第6章  決断」
                                 作:夢野 仲夫


 
登場人物とあらすじ
1章:美津子との再会(1〜314) 学生時代、大恋愛の末に別れた美津子の幻影から逃れられず、ずっとその幻影を追い続ける良(りょう)。その彼女に20年ぶりに出会う。一方、妻子ある良に心を寄せる部下の恵理彼女の親友の美紀。良を巡る3人の女性の愛憎を描く。

2章:千晴との出会い(315〜630) 大学を卒業してサラリーマンになった良が通う食堂で知り合った千晴。通りすがりの人が振り返るほどの美貌を備えた彼女。美津子との過去に縛られた良と千晴の想い出を織り交ぜながら、恵理と美紀との絡み合う愛

3章:良の苦悩(631〜) 20年前に別れた美津子との出会いが良の心を悩ませた。さらに千晴の化身のような美紀ひたむきに良を慕う恵理との間(はざま)を揺れ動く良。良をめぐる三人の女性の愛。

4章:別れのとき(865〜) 20年前に別れた美津子会うたびに湧きあがる拭い去れない不信感。やがてどうにもならない程彼の心の中で膨らむ。一方では恵理へ傾倒していく良。

5章:新たな出発
(1281〜) 良の周りに起こる目まぐるしいほどの様々な出来事。良の新たな出発とは?

「第6章  決断」

  (本文)  日本料理 多比良(たひら)
 
 決断011 通算1671
 「食事中ですが、今は皆さんはどういう仕事を分担されていますか?」
 「私が社長になっていますが、実質上野専務が取り仕切っています」。
 「どんな方ですか?」
「主人に忠実に仕えてくれていました。今でも私への気配りにも感謝しています。」
 「仕入れは誰がしていますか?」
「商品のことについて最も知識があるのが上野専務なので、全面的に彼が仕入れています。商品によっては佐野常務が仕入れるときもあります。」

決断012 通算1672
 「売り上げはどうなっていますか?」
 「売り上げの大半は実質主人だったので、それぞれ得意先によって分担しています。もちろん、上野専務、佐野常務の売り上げが大きいです。」
「他に売り上げで頑張っている方はいますか?」
 母はしばらく考え込んだ。その様子から良は美紀の母が細かい情報を見ていないのを感じた。

決断013 通算1673
 美紀がたまらず助け舟を出した。小川課長が頑張ってくれています。生前、父が大変期待していた若手です。父が得意先にもときどき連れて行っていました。「いつまでも自分が売り上げの大半を占めるようでは会社の発展はない」−父の口癖でした。今となっては当たり前に感じる言葉ですが、その当時は何とも思いませんでした。急に父がなくなるなんて想像もしてないことでした。

決断014 通算1674
 「小川課長さんはどんな方ですか?」
「熱心に仕事に取り組む32歳の青年です。熱心過ぎて父と意見が違って言い合うこともありましたが、逆にそれを父は気に入っていたようです」。
中小企業でも社長と渡り合う若者は皆無に等しい。それだけ熱血漢なのだろう。良は小川課長に自分の若い時の自分と重なった。

決断015 通算1675
 しかし、32歳の若者がどんなに頑張っても30億円の売り上げをカバーできるだけの力はない。良のように大企業のバックボーンがあって初めて可能な数字なので。大企業に勤めている営業マンは自分の力で売り上げを取っていると錯覚をする者も多い。自信過剰となって自立して会社を立ち上げ失敗するのは「企業の金看板」を背負っているという条件を見落としている者に多いのもそのためである。

決断016 通算1676
 鯛の清汁仕立ての吸い物が運ばれた。お椀には鯛と湯葉に上に金粉が散らばれていた。多比良の料理人が好んで使う提供の仕方であった。「美しい!」ショウ君は何度も繰り返した。金持ちの家に生まれ、高級な料理を口にすることの多かったがまだ高校生。グルメな父に連れられて食事に行くことも多かったのだが、彼には多比良の料理はそれ程珍しく感じたのだろう。

決断017 通算1677
 多比良の料理は日本料理が持つ独特の季節感を感じさせた。それはまた絵画を見るような美しさも兼ね備えていた。幼いころから美味しいものに慣れ親しんでいるショウ君だけに、それを如実に感じたのであろうか?日本料理の良し悪しは「吸い物」に端的に出る。清汁仕立てはシンプルゆえにより鮮明である。そのため良は「吸い物」によって、そのお店の料理人の腕を推し量るのが常だった。

決断018 通算1678
 「仕入れはどうなっていますか?」「少し仕入れ単価が上がっています。父の頃と比べると約5〜6%上げっています」。良は仕入れ価格が気になっていた。売り上げが落ちると仕入れの量が減少するために、仕入れ価格が上がるのは仕方がない。しかし、5〜6%のアップは気になった。特に美紀の父は律儀な人で、仕入れ先を大切にしていた。そのためなぜ5〜6%の値上げになっているのか腑に落ちなかった。

決断019 通算1679
売り上げが10%強落ちれば企業にとっては大変な危機的状況である。その上仕入れ値が5,6%上がっていることは、企業の存続に関わる恐るべき事態である。その危機的状況にあるにも関わらず、「このままでは厳しい」とは感じているようだったが、母はそれに気づいていないようだった

決断020 通算1680
 良の考え込む様子に、「部長さんが来てくれれば大丈夫!」と繰り返すばかりだった。
「良君にだって、無理なことは無理!」美紀に続いて「部長さんだってマジックを使って経営を立て直すことなんてできないよ」。余りのも人ごとのような母の言動に、ショウ君もたまりかねたように口をはさんだ。

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第1章BN(0001〜0010)
                           トップページへ  追憶の旅トップへ

        第1章 美津子との再会(BN)
 (0001〜) 偶然の再会「イタリア料理まちかど」
 (0021〜) 別れの日
 (0034〜) 家族の留守の夜
 0047〜) 初めての衝撃的な出会い
 (0053〜) キスを拒む美津子
 (0070〜) 恵里と美紀との食事 フランス料理「ビストロ シノザキ」
 (0091〜) 一人で思いに耽る良「和風居酒屋 参萬両」
 (0101〜) 良に甘える恵理「おでん 志乃」
 (0123〜) 恵理・美紀と良の心の故郷「和風居酒屋 参萬両」
 (0131〜) 恵理と食事の帰り路「おでん 志乃」
 (0141〜) 再び美津子と出会う「寿司屋 瀬戸」
 (0161〜) 恵理のお見合いの結末「焼き肉屋 赤のれん」
 (0181〜) 美津子と二十年ぶりの食事「割烹旅館 水無川(みながわ)」
 (0195〜) 美津子に貰ったネクタイの波紋「焼き鳥屋 鳥好(とりこう)」
 (0206〜) 美紀のマンションで、恵理と二人きりの夜
 (0236〜) 恵理と美津子の鉢合わせ「寿司屋 瀬戸」
 (0261〜) 美津子からの電話
 (0280〜) 深い悩みを打ち明ける美津子「レストラン ドリームブリッジ」
 (0296〜) 飲めない酒を浴びるように飲む「和風居酒屋 参萬両」
 (0301〜) 美紀のマンションで目覚めた良

         
 第2章 千晴との出会い(BN)
 (0316〜) 華やかなキャピー(佐藤千晴)との出会い「広松食堂」
 (0320〜) 千晴との初めてのデート
 (0329〜) 美しいゆえにに悩むキャピー
 (0351〜) 2回目のデート「蕎麦処 高野」
 (0371〜) 海が見える高台で…
 (0383〜) 手打ちうどんに喜ぶキャピー「手打ちうどん 玉の家」
 (0396〜) 過去に縛られる良への怒り
 (0410〜) ラブホテルでの絆
 (0431〜) 夜の初デート「和風居酒屋 参萬両」
 (0439〜) 良のアパートで…。
 (0471〜) 恵理・美紀と「手打ち蕎麦処 遠山」 
 (0481〜) 美紀のマンションで長い夢
 (0531〜) キャピーと初めての1泊旅行
 (0545〜) 2人で入った寿司屋に美津子が…「寿司 徳岡」
 (0556〜) 美紀と得意先に営業
 (0582〜) キャピーとの別れの真相
 (0611〜) 美紀が恵理に宣戦布告「イタリア料理 ローマ」

       第3章 良の苦悩(BN)
 (0631〜) 恵理の葛藤「おでん 志乃」
 (0651〜) 良の隠れ家へ美紀が…「会員制クラブ 志摩宮」
 (0671〜) マンションに誘う美紀
 (0686〜) 美津子から急な呼びだし
 (0701〜) 美津子の夫のアメリカ赴任「料亭 古都」
 (0731〜) 宣戦布告以来初めて3人で食事「豆腐料理 沢木」
 (0741〜) 馴染みのバー「クラブ 楓(かえで)」
 (0756〜) 人生の転換期の苦悩「ビストロ シノザキ」
 (0771〜) 美紀の弟正一郎との出会い「イタリア料理 ローマ」)
 (0806〜) 美津子と想い出の店で「和風居酒屋 参萬両」
 (0823〜) 美津子との復活
 (0856〜) フランス料理「右京」
 (0881〜) スナック「佳世(かよ)」
 (0891〜) 美紀と初めての夜
 (0916〜) 良の家庭崩壊「寿司屋 瀬戸」
 (0936〜) 美紀の苦悩

       第4章 別れのとき(BN)
 (0965〜) 親友花村部長と4人で「寿司屋 瀬戸」
 (0986〜) 恵理の葛藤
 (0996〜) レイクサイドホテル
 (1031〜) 美津子との距離
 (1046〜) 美紀のマンションで
 (1066〜) 恵理との小旅行
 (1083〜) 「日本料理 池田」
 (1094〜) 「恵理へのラブレター」
 (1111〜) 「恵理の初めての経験」
 (1176〜) 美津子の秘密「和風居酒屋 参萬両」
 (1196〜)  美紀への傾倒
 (1221〜)  最後のメール
 (1255〜) 江戸蕎麦「悠々庵」 *リンク間違いをまたまた

       
 第5章 新たな出発(BN)
 (1281〜) 恵理の引っ越し「おでん屋 志乃」
 (1306〜) 焼き鳥屋「地鶏屋」
 (1361〜) 恵理の新天地
 (1408〜) おでん屋 志乃
 (1451〜) 暗転
 (1498〜) 日本料理 山園
 (1531〜) おでん屋 三万両
 (1556〜) 美紀の窮地
 (1596〜) おでん屋 参萬両 
 (1625〜) 仏料理 ミノリ・サヤマ 

     第6章 決断(BN
 (1661〜) 日本料理 多比良(たひら)


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